■ 月曜日 ■

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「晋太郎?」  急に黙り込んだ晋太郎を見て、瑞輝が怪訝そうな顔をした。 「なんかよくわかんねぇけど、晋太郎も疲れてんだろ。俺、黒岩んところ行ってくるから、晋太郎は休んでくれよ」 「ご神体に何の用だ?」晋太郎は黒岩神社のご神体である巨石を思い浮かべた。  瑞輝は自分の右腕を見せた。痣が痛々しく赤く腫れている。 「痛いんだよ。黒岩の龍にカツいれてもらったら、大人しくなるかと思ってさ」 「ついていく」  晋太郎は迷わず言った。瑞輝と黒岩を近づけるのは今でも怖い。黒岩神社のご神体に封じられているものは巨大な大蛇、つまりは龍だと言われていて、瑞輝の体に宿っているのはその龍の一部だというのが通説だ。もともと瑞輝が生まれた家系には、細々と龍使いの血が流れていた。龍使いは長い期間を龍と過ごす事で龍気を帯びやすくなり、そのせいで一度は絶えた家だった。そんな記憶も薄れた現代に、遠い分家に龍気を帯びる瑞輝が産まれたのだった。自分の家のそういう歴史を聞きかじった事のある瑞輝の母親は、言い伝えにあるような金色の髪と目を持つ赤ん坊に恐れをなして捨てたのだ。  瑞輝が黒岩神社に託されたのは偶然ではない。必然だ。岩が瑞輝を呼んだのだ。自分を岩から解放する術を持った赤ん坊を。晋太郎の父の入間喜久男はそれを知って、瑞輝に龍に打ち克つためのいろいろなことを教えたのだった。今でも瑞輝は岩に対してほんのわずかに優勢を保っている。が、揺らぎの多い瑞輝がいつ岩に大して劣勢になるか見分けがつかない。瑞輝本人は黒岩の大蛇とは上手くやっていける気がするよと言うのだが、周りは誰もそれを信じていない。  来なくていいのによ、と言いながら瑞輝はいつものようにビーチサンダルで玄関を出る。  パタパタとのんきな音をたてて瑞輝は本殿の裏へと歩いていく。 「信じてねぇんだな」瑞輝が歩きながらつまらなさそうに言った。「黒岩の蛇は、もう俺を食ったりしねぇって。どっちかっていうと、この俺ん中の小さい方が凶暴なんだ。痛いっていうか、腕を切ろうかなって思ったりもする」 「切るなよ」晋太郎は瑞輝の背中を見ながら言った。 「切らないよ」瑞輝はそう言ってへへっと笑った。  古い楠のある坂を少し上がると、黒岩神社の山頂に出る。そこに晋太郎の身長よりも大きな黒い岩が鎮座している。遠くから伊吹山を見た時も、この黒い岩の頭が見える。  岩の手前には綱が張ってあり、綱の手前に小さな皿が二つ並んでいる。一つには水が入っていて、もう一つには今日はキャラメルの包みが一つあった。 「おまえ、キャラメルはないだろう」晋太郎は呆れて瑞輝を見た。この黒岩に届けるものは瑞輝が決めている。晋太郎の父が瑞輝に言い渡したのは水だけだったが、去年、瑞輝がこの黒岩と直接揉めてからは皿が一つ増えて瑞輝が気分で持っていきたいものを持っていっている。たいていは瑞輝のおやつのお裾分けだ。 「こういうのは気持ちだからさ」  瑞輝はわかっているのか、わかっていないのか適当なことを言う。そして岩の前の皿に入った水に指を浸すと、両手にそれを広げてクイと手を組んだ。そして何の気負いもなく綱をくぐる。  晋太郎はそれを黙って見ていた。思わず小さく首を振ってしまう。
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