■ 月曜日 ■

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 なんであいつはこの重い空気をひょいひょいと抜けていけるのか謎だ。晋太郎は張った綱の手前でそれ以上前には行けない圧力を感じる。これは霊感とかの問題ではない。一般の人間でも、この岩の威圧感にはおののく。誰しもが感じ取る気配だ。  瑞輝はそういったものを感じない。いや感じているらしいのだ。本人いわく、空気が違うとか流れの色が違うとか言ったりするから。それを重さや圧力として感じることはないというだけの話だ。信じたくはないが、つまりはそれが黄龍であるという証なのかもしれない。  瑞輝は綱の中に入って、ぺたりと胡座をかいていた。そのまま座禅を組んだようにじっと動かなくなる。  晋太郎も後ろで待つ。綱の向こうで、全く別の動きがあることは、晋太郎も経験上知っている。去年の夏、瑞輝が自分自身を知りたいと言って勝手に黒岩の封印を解いた時に晋太郎も中に入った。初めてだった。炎のような龍が瑞輝を食い散らそうとしていた。瑞輝は晋太郎の父が残した、何百年も前にこの岩に大蛇を封じたという折れた刀で龍を斬った。間違って自分に宿っている方の龍も傷つけてしまい、瑞輝の右目には今でもうっすらとそのときの刀傷が残っている。ただ、黒岩の大蛇はその一件以来、瑞輝を封印者として認め、瑞輝が言うには「うまくやっている」そうだ。  瑞輝が長寿の大蛇である龍に騙されているのだ、龍は瑞輝を再び食い殺すチャンスを探っているのだというのが大方の見解だ。瑞輝はそれを聞いても怒ったりはしない。しょうがないよな、みんなと俺は違うんだからと諦観している。信用されないことに慣れた奴は、実のところ最強だ。  晋太郎はいつも瑞輝がやっているように、そばの木にもたれて座った。瑞輝のように足を投げ出してみる。瑞輝はそのまま寝ていることが多かった。木の幹に限った話ではない。瑞輝は地面に寝転んでよく寝ていた。木に登って枝の上で寝ているときもあった。落ちないかとヒヤヒヤしたものだが、寝ているときに落ちたことはない。たいていは木から降りようとして落ちる。  太陽が照っているときでも、雨が降っていても、瑞輝はよく地面で寝ていた。晋太郎はよく起こしたものだ。風が吹いて瑞輝に葉っぱや砂が積もり、まるで瑞輝が地面に飲み込まれるような気がしたから。  晋太郎は目を閉じた。風を感じてみる。瑞輝のように流れを色分けするように見ることはできないが、形や方向を変える風に意識を集めるのは悪くない。  晋太郎は知らぬ間に眠ってしまったようで、ふと気がつくと、自分の隣に瑞輝が寝ていた。晋太郎の体の上にはほとんど葉も落ちていないのに、瑞輝の上にはいくつも葉が散っている。  晋太郎は笑って瑞輝の右腕をチラリと見た。真っ赤に腫れていた痣の腫れも治まり、赤みも少しマシになっているようだった。
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