■ 土曜日 ■

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 木陰から出て歩き出すと、太陽が遠慮なく照りつける。瑞輝はペタペタと歩いて建物の入口に向かった。  入口には大きな看板が出ていた。 『県民剣道大会』  瑞輝はそれを見上げ、ガラスの自動ドアを入った。剣道の格好をしている人間が山ほどいる。  横のセンター受付で瑞輝は事務の女性に声をかける。口にくわえていたキャンディの棒は背中に隠す。 「すみません、黒岩神社から来た入間ですけど」  何かの書類を見ていた中年の女性は顔を上げて瑞輝を見た。そしてわずかに首をかしげる。 「神社の…?」 「はい、お祓いしてくれって」瑞輝はポケットからメモを出した。「ええと…センター長の野口さんて人から電話もらって」  事務の女性は戸惑いながらも「少々お待ちください」と瑞輝を置いて奥に引っ込んだ。きっとセンター長の野口さんて人に話を聞くんだなと瑞輝は思った。そして受付のガラスに映った自分の姿を見る。短く刈った金髪を怪しまれたか。それともこっちの目が変だと思われたか。瑞輝は自分の右目をじっと見た。こっちの目だけが黒い色素が抜けて明るい茶色になっている。医学的には髪も目も色素欠乏症で、民俗学的には龍が憑いてる証拠なんだそうだ。  ポンと肩を叩かれて、瑞輝は振り返った。 「やっぱり見学に来たのか?」  嬉しそうな生物学教師、藤崎の顔が見えた。瑞輝が通っている日丘北高校の剣道部の顧問教師だ。何歳か知らないが、いつでも大学生みたいな爽やかな顔をしている。瑞輝は彼に、この剣道大会を見学に来ないかと誘われていた。瑞輝は最初からきっぱりと断っている。興味ないから、と。 「仕事だよ、仕事」瑞輝は迷惑そうに答えた。 「入間さんですか」奥のドアが開いて、センター長らしき髪の薄い人物が出て来た。そして迷わず藤崎の方に名刺を出す。「センター長をしている野口と申します」  藤崎は瑞輝の両肩を持ってグイと彼の前に突き出した。 「入間は彼です。私は彼の高校の教師をしています」  センター長は目を丸くして瑞輝を見た。瑞輝は野口の名刺をつまむと、それをジーンズの尻ポケットに入れた。 「お祓いの前に様子を見て来いって。うちの宮司が」瑞輝はセンター長を見て、それから肩をすくめた。「本当にお祓いが必要だったら明日来るって。今日は何とかって会議があって来られないんだって。昨日、電話で聞いただろ?」  瑞輝が言うと、後ろから藤崎が頭を叩いた。 「こら、目上の人に何て言葉遣いするんだ」 「うるせぇな。向こうが俺を信用できねぇって目をしてるからだろ。俺だって丁寧にされたら丁寧にするっつぅの」  藤崎は瑞輝を見てため息をついた。だったら信用できそうな格好で来い。せめて白い上着に袴姿とか。そんなチンピラみたいな格好で来たら誰だって怪しむだろう。 「すみません、うちの生徒が」藤崎はセンター長に頭を下げた。 「いやいや…」  野口は戸惑いを隠せずに笑った。 「入間さん、失礼しました。こちらです。まずは中を案内します」  野口はハゲ頭を軽く下げて、廊下を手で示して歩き出した。
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