■ 月曜日 ■

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 赤井泰造は入間晋太郎の幼なじみで、伊吹山の麓の町、日丘町で小児科医をしている。赤井診療所の副所長だ。実は所長なのだが、副所長だった時期が長かったので今でも自分でも周りも副所長の方がしっくりくる。前所長の父は引退後、渓流釣りに夢中だ。夏はしょっちゅう家を空けている。おかげで両親が平和だ。  泰造には愛する妻、千佳がいる。そしてかわいい娘、花梨がいる。五歳になって少々生意気な口をきくようにもなってきたが、まだまだ愛しい娘であることに変わりはない。  そしてその花梨のお気に入りが入間瑞輝だ。  奴のどこがいいのだ。黒岩神社の気味の悪い龍憑きだ。疫病神と言われ、町から出て行けと罵られ、おまえが来ると店の売り上げが落ちるから来てくれるな、おまえに売るものはないと嫌われるガキだ。本来、女の子の初恋は父であるべきなのに、忌まわしい事に花梨の初恋は瑞輝だ。だから泰造は瑞輝が嫌いだ。  他にも嫌いな理由は山ほどある。  まず、あいつは病気をしない。泰造は日丘に産まれた子どものほとんどを一度は診察したことがある。日丘の小学校の校医をしていたこともあり、子どもたちの名前よりは病歴でそれぞれを判別できることもある。ところが入間瑞輝は別だ。病歴がない。単なる風邪も引かない。流行性のものにもかからない。予防接種は体が受け付けない。風邪を引かず、予防接種もしていない奴なんて、何の免疫もつかないじゃないかと泰造は怒りを覚える。しかし瑞輝はこの十七年間、病気にかかったことがない。気味が悪いから精密検査を受けろと晋太郎に進言してみたが、晋太郎は「あいつは龍憑きだから仕方ない」と一蹴した。晋太郎は瑞輝を龍憑きだとは信じてないにも関わらずだ。  泰造は瑞輝が小さい頃から「おまえは変だ。だから嫌いだ」と言い続けて来た。今でも時々言う。風邪を引かない奴は信用できない、と。  それに、まだ瑞輝を嫌う理由はある。瑞輝がちょくちょくやってきて、泰造のおやつを横取りするからだ。小学校の頃は、帰り道だったから仕方ないかと思っていた。伊吹山は登るだけで小学生の足では一時間半ほどかかった。晋太郎は鬼のような兄だから車で送ってやったりしない。瑞輝は一年生の頃は二時間近くかけて通学していたのだった。  中学生の頃は勉強を教えてやっていたから仕方なかった。ザルのように勉強した端から忘れて行く瑞輝に、空しくなりながらも数学を教えてやった。  そして奴は日丘北高校に受かった。地域で一番偏差値の低い学校だったが、それでも何とか合格したのは泰造の血のにじむような努力のおかげだ。  それなのに、奴は恩を仇で返す。たまに赤井診療所にやってきて、午前診と午後診の合間の心安らぐ休憩時間をつぶす。ムカつく奴だ。瑞輝は手みやげも持たずやってきて、泰造のおやつをむさぼる。ただのおやつではない。患者さんにもらった高級なお菓子や、看護師の差し入れ菓子だ。  今日も何だか知らないが、学校を休んだくせに、ばあちゃんの薬を取りに来たとか言って、実のところ貴重な菓子をくすねに来ている。
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