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「こういうのって家で作れるんだって」
瑞輝がマカロンを口に放り投げながら言う。
「じゃぁ作ってこいよ」泰造はグラスに牛乳を入れてやり、瑞輝に渡す。瑞輝は冷たい牛乳をゴクゴクと気持ち良さそうに飲んだ。
「うちにはオーブンとかないもんよ」瑞輝は残念そうに言う。
「オーブンぐらい百台も買えるぐらいの金を持ってるくせに」
「俺の金じゃねぇよ」瑞輝は不服そうに言う。
「晋太郎はおまえ名義の口座に入れてるだろ。そういうところは律儀な奴だから」泰造は瑞輝にこれ以上取られないように、箱の蓋をした。瑞輝はそれを見て何か言いたそうにしたが、結局何も言わなかった。
赤井診療所の休憩室は、パーティションで二つに区切られていて、泰造の机がある狭いスペースと、看護師たちが昼食を取ったり、テレビを見たりする広いスペースに分けられている。女子区分はいつもほんのり甘い匂いがする。もちろんたまにはパーティションが開かれ、先生もご一緒にと看護師の誕生日を祝ったりもするのだが、普段は女子は女子で女子バナで盛り上がっているのである。忌々しい事に、瑞輝は若いというだけで、そっちの女子スペースにも歓迎される。それも泰造は気に入らない。
「家を建ててるから、そっちの新しい家にはオーブンが入るかもしれない」
「しかし、そっちの新しい家は新婚夫婦の家だろう。おまえが入ると怒られるぞ」泰造はニヤリと笑った。
「八隅さんがマカロン作ってくれるとは思えないしな」
瑞輝は晋太郎の新妻を旧姓で呼んだ。下の名前で呼ぶのは照れるらしい。
「純ちゃんも母親になるんだから、おやつぐらい作るかもしれないぞ」
泰造はわざと晋太郎の新妻を親しげに呼ぶ。
「そりゃ作るかもだけど、あのヒト、素朴なお菓子が好きなんだよ、ばあちゃんみたいに」
「え? 純ちゃんがババァだって?」
「そんなこと言ってないだろ。入間のばあちゃんと趣味が似てるって言ってんだよ。八隅さんが来たからたまには洋食も食えると思ったら、相変わらず野菜の煮物とかおひたしとかばっかりだよ」
「クレームだな。伝えておいてやろう」
「言うなよ」瑞輝は焦って言った。
言うか、バカ。泰造はひひひと笑った。瑞輝をからかうのは面白い。
「うちのガッコに料理部ってのがあったんだよ」
瑞輝が急に話を変えた。泰造は頬杖をついて、自分のアイスコーヒーをかき混ぜた。浮かべた氷がカラコロ鳴る。
「料理部?」
「そうそう。そのマカロンの作り方って本を見てる人がいて、俺がそんなの家で作れると思ってなかったからびっくりしてスゲぇって言ったら、その人がひっくり返るぐらいびっくりしたんだよ」
泰造は笑った。「何だそりゃ」
「俺が喋ると思わなかったんだって。ていうか、俺の方がその人が声を出したの初めて聞いたんじゃねぇかな。授業以外で」
「おまえ、授業中寝てるんじゃないんだな」
「起きてる!」瑞輝が怒ったので、泰造は笑った。「たまには寝てるけど」と瑞輝が付け足すので、さらに笑う。
「で、その同級生の女子がお料理クラブの子だったんだな?」
泰造は勝手に想像する。大人しくて小柄で器用でストレートの髪で、フレームレスの眼鏡をかけてて、眼鏡を取ったらすごくかわいくて。おどおどして、クラスの不良とお菓子で話すきっかけを得て、クラスの不良が「おまえ、コンタクトにすりゃいいのに」とか言って。なんとなく付き合って、将来は一緒にケーキ屋さん、なんて夢見て。
「今度マカロンに挑戦するから、うまくできたらくれるんだって」
瑞輝が言って、泰造はうなずいた。そうだろう。そういう流れになるべきだろう。
「おまえ、中指姫とはうまくいってんじゃなかったのか?」
泰造は親指、人差し指、中指の三本を立てた。瑞輝が親指で、瑞輝の友達が人差し指で、男二人の姫が中指だったはずだ。三人は保育所時代からの幼なじみだ。
「うまく…」瑞輝は言葉を探す。「ぎくしゃくしてたのが、友達に戻ったって感じかな」
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