■ 火曜日 ■

1/8

23人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ

■ 火曜日 ■

■ 火曜日 ■  ■高校■  入間瑞輝は勉強はできないが、ちゃんと真面目に学校に通うし授業も受ける。授業の邪魔はしないし、教師に暴言を吐いたり、女子生徒を卑猥な言葉でからかったりしない。暴力だって極力使わないようにしている。龍憑きということで、周りが自分を遠巻きにしているのはわかっているが、それに苛立ったりはしない。  静かなる龍である。日丘北高校が校内暴力や学級崩壊から守られているのは、瑞輝の存在が一因であると言わざるを得ない。  生徒指導の任にも当たる藤崎は、そういう理由もあって入間瑞輝が気に入っている。あの生徒が素行不良にさえならなければ、うちの高校は守られていると言える。 「入間!」昼休み、藤崎は机に突っ伏している瑞輝を呼んだ。瑞輝は顔を上げて声の出所を探し、やっと藤崎のいる教室入口に目を向けた。眠そうなその目を見て、藤崎は笑った。  指でクイクイと呼ぶ。  面倒臭そうに瑞輝はのそりと立ち上がってやってくる。 「何ですか」瑞輝は目をこすりながら廊下に出て来た。  藤崎は首で瑞輝を廊下の隅に呼んだ。 「スポーツセンターのこと、災難だったな」藤崎は小声で言った。「おまえ、疑いをかけられたって」  瑞輝は明らかに気分を害したように藤崎を見た。「俺じゃねぇ」  藤崎は慌てて手を瑞輝の方に向けた。「わかってる。疑ってない」 「じゃぁ何の用だ」瑞輝は不機嫌そうに藤崎を見る。藤崎はその凄みのある目を見返し、笑顔をひきつらせる。いやぁこいつが抑止力ってのは危険かもしれないなぁ。 「怪我は大丈夫かと思って」 「大丈夫じゃねぇけど、先生が治してくれるわけじゃねぇだろ」  藤崎は苦笑いした。そうだけどさ。本当に愛想というものを知らない生徒だ。 「今、暇だろう? そこそこ元気そうだし、ちょっと中庭に来てくれないかと思って」 「寝てた。暇じゃない」 「寝るのに忙しいっていうのか?」 「昼休みなんだ。何しようが俺の勝手だろ」 「イライラしてるな。そういうときは緑に囲まれるといいぞ。中庭に行こう」 「家は山の中だよ。学校にいるときぐらい…」 「いいから」  藤崎は何を言っても口答えする瑞輝をグイと引っ張った。時には強引さも必要だ。  階段を降りる頃には、瑞輝も諦めて藤崎の腕を振り払って歩き出した。 「中庭に何があるんだよ」瑞輝はあくびをしながら言う。 「とにかく見てくれたらいい。俺とおまえしかわからないと思うんだ」  何だよそれ、と瑞輝はぶつぶつ言っていたが、中庭に出て藤崎が桜を指差すと、瑞輝はポカンと枝を見上げて黙り込んだ。 「な」藤崎は少し嬉しそうに瑞輝を見た。  瑞輝はじっと枝を見たまま答えなかった。 「夏休みの後半ぐらいから細い枝が伸びて来て、葉っぱもこの通り立派に茂ってるから風通しが悪くて奥の枝が弱ってきてるんだ。これは正式な病名としては…」 「病気?」瑞輝はようやく藤崎をまともな目で見た。 「そうだ。病気だ。でも変なんだ。普通はこれは水気の多いところに生えている桜に発生する病気で、こんな風通しのいい庭でかかるなんて異常なんだよ。しかも見てくれ」  藤崎は手が届く場所の枝を引き寄せた。葉の付け根から細い茎が伸びていて小粒の緑のサクランボがなっている。 「普通は夏前に落ちるのに、九月にまだある。変だ」 「その辺はわかんねぇけど」  瑞輝は申し訳なさそうに言った。藤崎はホッとする。入間瑞輝が藤崎の馴染みのある彼に戻ったからだ。つまり彼は寝起きが悪いということだ。覚えておこうと藤崎は胸の内で思った。
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加