■ 火曜日 ■

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「おまえ、こういうの得意だろ? 自然現象とか、異常気象とか」  藤崎に言われて、瑞輝は眉間にしわを寄せた。 「得意かなぁ。生物のテストは悪いっすけど」 「試験は関係ない」藤崎は桜を見上げながら言った。「本当は花弁の名前とか数とかなんてどうでもいいんだ。遺伝や染色体も覚えなくていい。そんなことより自然をじっと眺める事の方が、よっぽど生物学の発見に近い」 「暴言だな」瑞輝は藤崎の熱弁を一蹴すると、桜の木の根元に座り、ついでにごろんと寝転んだ。そして目を閉じる。 「寝るなよ。ちゃんと桜を見てくれ。そして何とか原因を探ってくれ」 「先生が病気だって言ったじゃないか」 「でもその病気にしちゃ、これは説明がつかないんだ」 「俺に生物学の発見を求めるのはやめてくれよな。俺が見えんのは」瑞輝は目を開き、空と桜の枝を見た。  藤崎は瑞輝を見下ろす。こうしてこの生徒を見下ろすことを何度も繰り返して来た。瑞輝が中庭で寝ていることが多いからだ。春はクローバーの中に埋もれていて、夏は芝生の中に埋もれており、秋は落ち葉に埋もれ、冬は空っ風の中で寝ている。 「確かに風は流れてない」瑞輝が言って、藤崎は唇を緩めた。 「そういうのを見てほしかったんだ。生物学をやってる人間は枝の病状でしかわからない。おまえは空気がわかるだろう?」  瑞輝は下から藤崎を見上げる。「風はわかる」 「それでいい。うまく流す方法をおまえは知ってるんじゃないかと思うんだが」  ムスッとして瑞輝はじっと細い枝が絡まっている辺りを見ている。 「普通はこの枝を切るしかないんだよ。でも勢いが普通より強くて、もしかしたら木全体が病気に冒されているかもしれない。この桜のいわれ、おまえも知ってるだろう?」  藤崎は瑞輝の頭の上にしゃがみ、その先にある小さな石標を指差す。  瑞輝はそれをチラリと見た。 「何だったっけ、この学校を建てた人の墓?」 「墓じゃない。その人が亡くなった時の追悼記念植樹だよ」 「ああ、それそれ。だからって無理に生かさなくても、別に枯れるときもあるわけだよ」 「ははは。おまえらしい」  藤崎は苦笑いした。そう言われることも想定していた。 「でもそこを何とか。今の校長先生も気に入ってるわけだし、おまえ、校長には恩義があるだろう?」 「入学の時に点数水増ししてくれたとか?」 「そんなことするか」藤崎は瑞輝の額を指で軽く弾いた。 「じゃぁ別に恩はない」  藤崎はじっと上を見ている瑞輝を見て、小さく息をついた。そうか。そう言うならそうなんだろう。藤崎は瑞輝が入学してきた春の騒動を思い出した。まだ入間瑞輝という生徒に藤崎が会った事がなかった三月の終わり頃だ。やっと入試が終わり、新入生を迎える準備に忙しくなる春休みの一日だった。生徒の父兄が数名、学校へやってきて校長に抗議した。次の春に地元で龍憑きと言われている子どもが入学してくるらしい。その子は周囲を不幸にしたり、悪い事を招くから入学許可を取り下げてくれと言いに来たのだ。
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