■ 土曜日 ■

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 瑞輝は野口に連れられて、スポーツセンターの中を歩いて回った。事故のあった裏口も、倒れた理事がいた理事室も、センター長の奥さんの妹が贈ってくれたセンター長室のパッチワークも、熱中症で倒れた子が出た体育館も。地下のプールも見たし、柔剣道場も見た。外のテニスコートも見たし、倉庫も見た。 「お祓いはいらないと思う」  瑞輝は野口に言った。 「別に変なもんはなかったよ。幽霊とか怨霊とかなら別だけど。俺、そういうのは見えないんで」  野口は黒岩神社から来た少年を見る。確かに昨日電話で代理を遣わしますとは聞いた。が、高校生とは聞いてなかった。しかもこんなチャラチャラした少年とは。県会議員に相談したら、黒岩神社がいいと紹介されたので、そのまま電話しただけだ。野口自身が黒岩神社を選んだのではない。  瑞輝はアイスの棒を指先で揺らしながら、ロビーの大きな窓を見た。ロビーの広い空間をガラス張りの窓が覆っている。だから外の暑そうな景色が嫌でも見える。瑞輝は玄関から一直線に伸びる芝生の間の通路をじっと見た。 「そうですか。不幸が続くと不安になるもので」野口は早くこの少年と別れようと思った。「では…」 「それより、あっちが気になるな」  瑞輝は芝生の前庭をじっと見ている。野口も一緒にそちらを見た。 「外に出ても?」  野口が答える前に、瑞輝は玄関の自動ドアの方へ歩き出していた。野口も慌ててそれを追う。  クーラーの効いたスポーツセンターを出ると、外はムッと暑かった。残暑ってのにも限度があるだろうと瑞輝は太陽を睨む。風のない午後は、地表に空気が澱んでいる気がする。 「この辺に、元々何かがあったんですよね」  瑞輝は通路の真ん中に立ち止まって言った。そして視線を左右に泳がせる。 「ここにあった社をあちらに移動しました」野口は右手を指差した。 「そうそう、あれ」瑞輝は芝生の庭の端っこに追いやられた社を見た。「あれ、ここに戻せないですよね」  野口は目を丸くした。「あれが最近の不幸の原因だって言うんですか?」 「いやぁ…最近の不幸とは関係ないと思うけど、長期的には戻した方が平和かなと」  野口はからかわれたのかとムッとして瑞輝を見た。 「あれはここが建った当初からあそこにあるんです。最近の不幸と関係ないなら、忠告はいりません」  瑞輝は黙って社をじっと見た。そして野口に視線を戻し、残念そうにうなずいた。 「じゃ、これ以上は何も」瑞輝はそう言って目を伏せた。 「そうですか。わざわざ来ていただいて、ありがとうございました」  野口は怒りを滲ませながら言った。
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