■ 水曜日 ■

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 その日の夕方には、晋太郎が工事現場に来て祈祷を行った。晋太郎は瑞輝と違って町でも評判がいい。真面目だしスラリと長身で格好いいし、頭もいい。礼儀正しく、仕事は迅速丁寧、かつアフターフォローも良い。いつ会っても爽やかに挨拶する。つい最近までは独身だったので、人妻や熟女に人気だった。去年の秋に結婚してからは、今度は若い女子に大モテである。  瑞輝には理解できない。ただの営業スマイルだっての。  それはともかく、瑞輝が底に落とした評判を挽回するのに、晋太郎は苦労しなかった。 「鈴木社長もご満足そうでしたよ」  晋太郎は金剛寺に報告に来ていた。瑞輝は晋太郎の祈祷が終わった後に、鈴木建設の皆様に「申し訳ありませんでした」と頭を下げるために呼び出されていた。黒岩神社の宮司が立ち合っているためか、瑞輝に対する野次は飛んで来なかった。個人的に朝の作業員が睨んでいる以外は特に問題もなかった。  瑞輝は謝ることには慣れていた。小学生ぐらいになると、心にもない謝罪もできるようになっていた。今日だって謝ることぐらい何でもない。殴られた分、殴り返せない事の方がムカつく。 「そりゃ良かった」  桜木は笑顔で言った。瑞輝は出された冷たい麦茶を正座したまま飲む。切れた唇が少し痛み、また殴られたことを思い出す。今日は一応客間だ。晋太郎がいるからだ。普段なら武道場か、あるいは外だ。たまに寺の手伝いをさせられるときは中に入れるが、自分がもてなされるわけじゃない。 「瑞輝、あそこで何を見た?」晋太郎が聞いて、桜木は首をひねった。 「晋太郎君は何か感じたのかい?」 「ええ、ちょっと」晋太郎は瑞輝を見た。「こいつの方がハッキリわかると思うんですけど」 「おまえは、トンネルを埋めたら問題ないって言ったよな?」  桜木が言って、晋太郎は小さく顔をしかめた。 「そんなことを言うから向こうの方が怒ったんだろう」 「本当のことを言ったら怒るし、嘘ついたら怒るし」瑞輝は足を崩し、あぐらをかいた。ついでに手前に出されていた水饅頭を一つつまんでぱくりと口に放り込む。 「水が通ってるところにトンネル作って水が漏れるって、当たり前じゃねぇ? しょうがねぇじゃん。それわかっててやったんだから、漏れたら修理ってやるしかねぇんだよ。面倒だからやりたくねぇってんなら、トンネルを諦めるか、土に水が流れるのを諦めるかってことだろ。どっちがマシって、トンネルじゃん」  桜木と晋太郎はブツブツつぶやく瑞輝を見て、お互いに顔を見合わせた。そして苦笑いした。 「あのな、瑞輝、悪いが、たぶん建設した人たちは、そこに水が通っているところかどうかってのは、わからなかったと思うんだ」  晋太郎が冷静に言った。 「わかんないわけないだろ、土を掘ったらわかる」瑞輝はムスッとする。 「地下水の大きな水脈ならわかる。でもおまえが言ってるのは、水の通路として重要な道ってことだろう? いわば地中の毛細血管だ。細いけれども重要な道。そんなものを見極められるのは、おまえぐらいのもんだ」  瑞輝はそう言った晋太郎をじっと見て、それから黙っている桜木を見た。晋太郎の言っていることが本当なのかどうか、桜木の同意を求めている。桜木はうなずいた。そうだ、そんなものを見極められるのはおまえだけだ。  瑞輝はもう一度二人を見比べると、諦めたように息をついた。 「瑞輝、そこのところは譲歩して次善策を練ろう」晋太郎が言う。 「ジョーホしてジゼンサクって日本語?」瑞輝は眉を寄せた。
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