■ 木曜日 ■

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「金剛寺から連絡入ってるけど、地下水脈、強引に変えたんだって?」伊藤は自分もリゾットを口に運びながら言った。「そういうの、あんまり勧められないな。君は人間に迎合するべきじゃない」  瑞輝はムスッとして伊藤を見る。 「ゲイゴーって何」 「バカに説明はしない」伊藤は却下した。「本当に君が黄龍なのかなぁ? 僕は今になって君を推したことを後悔してるんだけどね。君はもっとしっかりすると思ってたんだけど。想定外にバカだよね。成長もしないし、依頼は受けまくるし。ところで完全覚醒したの?」 「あ、そうだ、それを伊藤さんに聞こうと思って。何か証拠みたいなの出るんですか?」 「証拠?」伊藤は眉を寄せた。「何言ってんの、そんなの誰も見たことないのにわかるわけないでしょ。知らないよ。知りたくもないよ。たぶんあれだよ、君が目が覚めたら『覚醒!』とか叫んだりするんじゃないの? もしくは起きたら角が生えてたりして」  伊藤は笑って言った。覚醒の証拠なんて、なぜ欲しがるのだろう。 「そうなんだ」瑞輝はうなずいてパスタの次の皿、カツレツに移る。 「なんで? それっぽいことあった?」  瑞輝は伊藤をチラリと見た。伊藤は立ち上がって瑞輝の頭を思い切りはたいた。瑞輝はカツレツを口から飛び出させて机に手をついた。そして伊藤を振り返る。伊藤はその襟元をグイと掴んだ。個室にしておいて良かった。ガチャンと皿が鳴る。しかし伊藤が呼ばない限り、ウエイターは飛んで来ないことになっている。何しろ、龍清会御用達のレストランだ。 「わかりました、言いますって」瑞輝は怯えて言った。 「君ってホントに学習能力ないよね。僕に隠し事はできないんだよ」伊藤は瑞輝を睨む。 「隠してないですって。何て言おうかなって思っただけで」瑞輝は襟を掴まれて顔を背けた。  伊藤は手を離し、瑞輝を解放した。数ヶ月に一回ぐらい、こうやって脅さないと従順にならない。  瑞輝は椅子に座り直し、伊藤も瑞輝の正面の席に座り直す。 「で、何があったの?」伊藤は穏やかに言った。  瑞輝は小さく息をついた。伊藤がもう怒ってないかどうかを確認する。怖いんだよマジで。 「何て言うか…」瑞輝は自分の右手を目の前に出して、手のひらを見た。ゆらりと金色の煙のようなものが立つ。これを何と言えばいいのか。「俺の手の中にもやっとしたものがあるんですけど、見えないですよね」  伊藤はそう言われて瑞輝を見た。「見えないな」  瑞輝はうなずいた。「これ、最初は白っぽかったんですよね」 「最初っていつ?」伊藤はフォークで瑞輝を指差す。 「十二のとき」瑞輝は右手をぐっと握りしめ、煙を消す。「それから色が出るようになって、赤っぽくなったり、青っぽくなったり、黒っぽくなったり。感情で変わったり、体調っていうか疲れてる時とかで変わったりしてた頃もあったんですけど、ここんところ黄色っぽいので落ち着いて来て、前は出そうと思ってもできなかったり、出過ぎたりしてたのが、ほとんどイメージ通りに調整できるようになってきました」 「それと、君の龍気とは関連ありそうなの?」伊藤は考えながら言った。 「あると思う。出しすぎると動くのがわかる」 「何が動く?」  瑞輝は天井を見た。「えっと…何て言うのかな。空気の気配みたいなの」 「動くとどうなる?」伊藤はじっと瑞輝を見た。非常に殴りたいところだが、堪える。この子は本当に『説明する言葉』を持たない。抽象的で感覚的だ。 「別にどうもならないですけど、時じゃないのに動かすのはマズいから、できるだけそうしないようにしてる。一旦動き出したのを止めようとすると、少し俺にも返ってくる」 「どのように?」 「この痣が割れて血が出る」瑞輝は自分の右腕を見せた。龍気の通路と見られている痣だ。産まれた時は数センチだったのが、今では右半身を周り、背中から腹へと一周しているほど大きくなっている。「そのときに出る血は、生きてるみたいに見える」  伊藤は腕組みをして瑞輝を見た。瑞輝のまだ少し幼さの感じられる目を見る。本人が気づいているかどうかはわからないが、右目は以前よりも透明感を増している。左目が日本人らしい真っ黒な瞳なので、気味が悪いぐらいだ。実際、その外見のせいで彼は子どもの頃から忌み嫌われている。
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