■ 木曜日 ■

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「完成しちゃってるのかもしれないな」伊藤はつぶやいた。 「え?」 「確認する方法は一つだけある。と、言われてる」 「ホントに? 何すか?」 「覚醒が完成しちゃったら、黄龍のパワーで君は黄龍といる限り、死なないって言われてる。殺してみるのも手だね」  軽く伊藤が言って、瑞輝は眉を寄せた。「嫌です」 「ただし完全覚醒した後、普通の人間が何年生きられるのかはデータがないからね。黄龍のパワーを内包しながら、君はそのパワーコントロールを四六時中しなくちゃいけないわけだ。今までもそうだろうけど、これからもね。それってけっこう疲れるはずなんだよ。僕は知らないけど」  瑞輝はうなずいた。確かに疲れる。瑞輝は小さい頃から集中力がないとか、人の話を聞いてないとか、記憶力がないとか言われてきたが、どれもこれも自分の中の龍気と戦いながらの日々だったからだと最近わかった。瑞輝はみんなが自分と一緒だと長い間思っていたのだ。小学校の高学年になって初めて自分がみんなと違うのかもしれないと気づいた。そして中学生の頃は、他者との違いにどうやって生きて行けばいいかわからなくなるほどだった。今では諦めが肝心だと思っている。 「勉強ができないとか、そんな軽いレベルじゃなくなってるんじゃないかい?」  瑞輝は大きくうなずいた。「そうなんだ、神事とか何もしてねぇのに、すんげぇ疲れる」 「体力が落ちたら、龍気に飲み込まれるよ。ちゃんと金剛寺で鍛えてもらってね」伊藤は難しい顔を作って言った。瑞輝は一瞬嫌そうな顔をしたが、仕方なく「はい」と答えた。 「いろいろ依頼を受けて、それをこなす力も龍にもらってるんだろうけど、その分、君は龍にエネルギーを奪われていることをしっかり刻んでおくことだ。君が持ってる術者のエネルギーが無限なのか有限なのかは僕も知らないからね。有限なら、君はそれが枯渇した時点で命を落とす。無限なら、君はそれを作り出すために努力を続けないといけない。黄龍を宿すということは、そういうことなんだからね」  瑞輝は「好きで宿してるんじゃない」という言葉を飲み込んだ。また殴られるだろうから。  四百年前に龍気を自分の意のままに操ろうとした器の保持者と、それを岩に封印した術者は、一族の兄弟だったという。その二つが今、瑞輝に集約されているというのが龍清会の判断だ。瑞輝はよくわからないから、そういうことにしておく。自分が時にケンカや争いを求めたり、心の底から平穏を求めたりするのは、相反するその二つの力が融合しているからだと言う。だから黄龍を宿し、それでも肉体と精神を保ち、体内に龍気を封印できるのだと。 「まぁとにかく、君が黄龍のせいか、君自身の魅力なのか知らないけど、君は何かと皆さんのお気に入りみたいだから、周りは君に頼っていいとなったらいくらでも頼ってくるよ。君はそれを区別しなくちゃいけない。困ったら黄龍さん、なんて話は通じないよ。君はしっかりと相手に伝えないと。君は無償で何かを行ったりしない、必ず何かを代わりに変えて行く。聞いてなかったって恨まれても知らないよ」 「それ、伝えるの伊藤さんの役目じゃないんすか?」 「自分でも努力しなさい」  してるけどよぉ。瑞輝は息をついた。 「君は生ける神だよ。神とは本来、癒し施す存在じゃない。脅し支配する恐怖の存在だ。君の地元の日丘の人たちはある意味、正しいよね。君を忌み嫌い、恐れ、近づかないようにしている。そうしておいて、君を匿っている黒岩神社の真面目なお兄さんには感謝してる。怖い存在を囲いに入れてくれているありがたい宮司だってね。君と宮司、そして氏子の関係ってのはそういうもんなんだよ」  伊藤は言い終わると、ワインをうまそうに飲んだ。瑞輝は黙って水を飲む。 「龍清会だって君を守るために存在してるんじゃない。むしろ君から人類を守るためにあるんだ。君が暴走してこの世を破壊しつくさないようにね」 「だから、うまい飯をおごってくれるんすか?」  瑞輝が言うと、伊藤はニコリと笑った。「そうだよ」  チェッ。瑞輝は胸の中で舌うちをした。この手の話は何度も聞いた。俺は人間の敵だ、いや生物全体の敵だ。君は絶対に正義の味方にはなれない。世界征服をもくろむ悪の根源だ。勧善懲悪モノの悪い方だよと。
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