■ 土曜日 ■

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 瑞輝はその立ち去って行く背中を見てから、足元に目を戻した。石畳の隙間から草が生えている。瑞輝はその場に座り込み、石畳の上に右手を置いた。冷たい石の感覚が手に感じられる。目を閉じると、手がズブズブと石の中に飲み込まれるような感覚に変わった。  瑞輝は舌うちをして目を開き、手を石から離した。また飲まれるところだった。ヤバいヤバい。  立ち上がってスポーツセンターを見上げる。スポーツセンターからの微風が下に降りて来て、瑞輝の前でくるりと回転して一瞬迷う。  社はあっちだ。瑞輝は風を引き連れて、社の方に歩き出す。社に着くと、風は安心したように方向を変えて流れて行った。瑞輝はため息をつく。迷子の風が空気を澱ませるんだってば。そんなこと言っても誰も信じないだろうけど。風は不幸を呼んだりしない。不幸を呼ぶのは、人の気持ちなんだってば。そんでもって人の気持ちってのは、空気の流れに影響されるんだって。だから風は流れるようにしておかないと。でも見えないものを信じない人は多い。風は流れてるじゃないかって言われる。瑞輝は説明を諦めてうなずく。そうだな、流れてるよな。じゃ、それでいいんじゃない? 別にそれでうまくいってんならそれでも。  諦めが早すぎると義兄にはよく言われる。しょうがねぇだろうが。うまくいってる場合だってホントにあるんだってば。あのクソ宮司が。  瑞輝はスポーツセンターの庭の通路に戻り、さっきの場所の石にもう一度しゃがみ込む。  せめて社はこっちって印をつけておいてやろう。そうしたら風が迷いにくくなる。  瑞輝はアイスの棒を石に突き立て、石に横線をグイと書いた。石はビシッと音を立ててそのライン通りに割れ目を入れた。 「よっしゃ」瑞輝は石に右手を置き「痛っ」とすかさず手を引き上げた。手のひらの真ん中にある十字の傷口から血が出ていた。  てめぇ、血が欲しかったら言えって言ってんだろうが。瑞輝は手のひらを舐めた。手首から肩にかけて螺旋状に入った痣がうずき出す。クソ。左手で右手をギュッと押さえると、それはすぐに収まった。  藤崎がうるせぇから、剣道でも見て行くか。  瑞輝は再びプラプラとスポーツセンターの中へ戻った。
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