■ 木曜日 ■

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 世界征服を企む予定はないが、確かに時々、自分の中の龍気とやらを思いっきり吐き出したくはなる。そうするとどうなるんだろうとは思う。ちょっと手のひらで集めただけで、モノを破壊できる力があるのは、昔実験してみたからわかってる。不意に襲われたとき、相手を必要以上に傷つけてしまいそうだということもわかっている。だからこそ、入間のじいちゃんは俺に自分の気持ちと、自分の力を制限するための技を教えたんだし、金剛時のクソ坊主もそれが大事だって精神修養ばっかやらせるわけだ。  簡単に傷つけられるとわかっていて、大人しくしているのはストレスが溜まる。我慢ばっかりしなくちゃいけないのかと、子どもの頃は納得がいかなかった。いじめられてもやり返してはいけないというのは、ものすごく理解に苦しむことだった。おまえは強いってじいちゃんは言ってくれたが、強さを自慢しちゃいけないというのは小学生の瑞輝には辛くて苦しいことでしかなかった。じいちゃんのいいつけを守らず、ケンカはしょっちゅうした。そして全勝していた。今ならじいちゃんが鬼みたいに怒った意味がわかる。俺は自分の力で勝ってたんじゃない。龍の力を借りてるんだ。  それを理解しはじめてから、瑞輝は手を出さなくなった。今でも滅多に人と殴り合いにはならない。柔術や剣術の腕が上がったこともあって、うまくかわす力がついたのもある。かかってくる相手の攻撃を止めるだけなら、相手に怪我をさせることもほとんどない。 「それでも君に悩みを相談して、解決方法を見つけたいって人はたくさんいるわけ。ああいう人たちは、黄龍という畏敬の存在を前にして、自分の悩みをぶつけ、それがいかに小さいかってことを学びに来てるわけだよ。君がつまんなそうに聞いてることに意味があるわけ。ありがたい、ありがたいって大金を寄付してくれるわけだから君は静かに受け取っておけばいいんだよ」  結局金じゃん、と思うわけだが、瑞輝は黙っておく。龍清会がどれだけ大きな団体か知らないが、一族の末端の末端に産まれた瑞輝のことまでチェックしてるということは、かなり大規模に展開されてるんだろうとは思う。 「君の存在意義は一つだけ。命ある限り生きて、君の中にある龍気を外に出さないことだ。君以上の器を持つ者が現れない限り、龍気は君の中に封じられてる。普通の人間はそれに触れてはいけない。龍と関わることを許された者だけがそれを封じるんだからね」  伊藤がじろりと瑞輝を睨んだ。瑞輝は黙って伊藤を見返す。ちょっとした意見の違いがここにはある。でもそれを言うと伊藤さんがものすごく怒るから言わない。龍清会全体としても伊藤さんの方針と同じみたいだ。瑞輝は黙ってデザートメニューに手を伸ばした。  パタリと伊藤が上からメニューをテーブルに押し付けた。 「何か言いたそうな顔をしてるよ」伊藤はじっと瑞輝を見る。「龍気を自然に返したいって話、まだ胸に抱えてるわけ?」  瑞輝はデザートメニューを諦めて、背筋を伸ばして伊藤を見た。 「返したいんじゃなくて、帰ろうとしてる気がするって言ってるだけです。俺が神事でよくわかんないものと対決するときとか、剣の火花みたいなのが散るときに、俺の龍気も散ってる気がするんです。ただ封印してるだけだったら、俺は岩で良かったでしょ。黒岩神社の岩に封じたままで良かったんだ。雷が落ちて岩を砕いたんなら、そうやって散りたかったんだと思うんです」 「本当に君は頑固だよね。入間のジイさんにそっくりだ」  伊藤はデザートメニューを取り上げて、自分に向けて開いた。そしてテーブルのボタンを押す。 「血はつながってないですけど」瑞輝は小声で言った。 「そんなこと言ってると、本日のドルチェ三種盛り、僕一人で食べちゃうよ」 「あ、スミマセン」瑞輝は慌てて謝った。ここのドルチェは最高にうまいってのに。  ウエイターが来て、伊藤はドルチェ三種盛りを二つ頼んだ。  瑞輝が嬉しそうにするので、伊藤はちょっと意地悪な気分になる。 「君にやるとはまだ言ってない」 「ええ?」瑞輝は目を丸くした。伊藤はふふんと鼻で笑い、黄龍君も年々生意気になるなぁと思った。  昔はビービー泣いてたのになぁ。
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