■ 金曜日 ■

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■ 金曜日 ■

 瑞輝は学校というところが当然ながらさほど好きではない。中学卒業後は就職しようと思っていたところ、弟の死に立ち合ってしまうなど精神的に厳しい状況が続いたので人生の意味がわからなくなり、進路なんて選べる気持ちにもなれなかった。が、いつまでもくよくよしていても仕方ないと、生来の性格が前を向かせ、もう一回勉強をし直してみると晋太郎に宣言して受験した結果がコレだ。  瑞輝は自分の机の上に置かれた何枚かの紙を見た。ご丁寧にパソコンの文字で、瑞輝が幼少期から囁かれて来た噂の数々が記載されていた。瑞輝は偏差値の高くないこの高校の中でも、おそらくトップレベルに頭が悪いはずなので、所々読めない漢字があったが概要は理解した。  瑞輝はそれらの紙を掴むと、リュックを置いてクラスを見た。瑞輝が教室に入って来たときに一斉に静かになったのが嘘のように今はワイワイがやがやしている。みんな派手に笑ったりすることで、瑞輝を見ないように努力しているみたいだった。  ふうん。瑞輝は周りを見てから手元の紙に目を戻し、鼻で笑った。面白いじゃねぇか。しかし目新しさはない。瑞輝は全て聞いたことのある噂であることに、少々がっかりした。新ネタはないのか。 「おい」とゴミ箱が突き出され、瑞輝は相手を見た。誰だか思い出せないが、丸坊主で残った髪がイナズマの形になっているユニークな髪型の生徒だ。ラオウとか呼ばれていた気がする。そのあだ名の由来を瑞輝は知らなかったが、何だか怖い奴らしいというのは知っている。  紙を捨てろという意味なのかと思って、瑞輝は持っていた紙をゴミ箱に入れた。そのゴミ箱がブンと唸って自分の横っ面を叩きのめすとは思っていなかったので、勢いで瑞輝は横の椅子ごと床に倒れた。 「殺人犯は来んな」ラオウは怒鳴った。  なんだてめぇとか口に出すような無駄なことはしない。瑞輝は立ち上がると、机を後ろ手に向こうへ押した。狭いと危険だ。相手はボクシング部だったかもしれない。ブンブンと拳がうなる。瑞輝はそれを交わして後ろに下がった。他の生徒がいたが、もちろん彼らは素早く危険を察知して逃げている。  まともに当たったら面倒なのはわかっていた。長引いても面倒だ。瑞輝は机に手をつくと、体を低くして相手の膝下につかみ掛かった。とっさに蹴飛ばそうとしてきたが、瑞輝の方が早く、相手は後ろに尻餅をついた。そのまま瑞輝は前に向かって走った。教室の前のドアを抜け、廊下を抜け、登校してくる生徒をすり抜けて走った。 「センセー、センセー、安達センセー」瑞輝は遠くに見えた安達を呼んだ。そして立ち止まった安達のところまで走り、後ろに回り込んでぜぇぜぇと息をついた。 「どうした」安達は目を丸くして瑞輝を見た。「こっちもおまえに話がある」 「先生の話なんか後だ。俺と決闘したい奴が出た」瑞輝は息をきらせながら言った。 「はぁ? どこのどいつだ、そんなバカは」頭の上でチャイムが鳴る。 「俺のクラスの、頭がギザギザの奴」  安達は少し考えうなずいた。「クラスメートの名前ぐらい覚えろ。城見だな」 「シロミかキミか知らねぇけど」瑞輝は息を整えて安達を見た。「ゴミ箱でぶん殴られた」 「その前におまえが何かしたんじゃないのか。ホームルームが始まるぞ」 「センセー、俺クラスに帰れねぇよ。ゴミ箱持って待ってるかもしれねぇのに」  安達は大きくため息をついた。困った奴だ。
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