■ 金曜日 ■

2/18

23人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ
「仕方がないな。ついて来い」安達は行くべき方向とは違っていたが、瑞輝のクラスに顔を出すことにした。そしてゲラゲラと友人たちと笑いながら、入間瑞輝のリュックを荒らしていた城見少年を呼び出す。 「城見、入間とケンカしたい奴は、俺の立ち会いのもとにやるってルールがあんの、知ってんだろう? 昼休みに武道場まで来い。ちゃんと立ち合ってやるから」  安達が言うと、城見少年は鼻で笑った。「逃げたと思ったら、安達に助けてもらってたのかよ」  瑞輝は黙って席に戻る。ひっくり返されていたリュックの中身を拾い集めている。安達は弁当箱が床の上に少しこぼれているのを見て眉を寄せた。瑞輝がわなわなと怒っているのが背中からでも感じられる。 「入間」安達は声をかけた。瑞輝は振り向いて安達を見る。「怒るな」  安達は瑞輝をなだめるように言った。 「怒ってねぇよ」瑞輝は不服そうに弁当箱を拾い上げ、リュックを机に置いて席についた。 「あれ、安達先生、どうしたんですか?」栗山がホームルームにやってきた。 「いえ、邪魔しました」安達はさっさとその場を立ち去った。瑞輝が大人しく椅子に座っているのが見えて、安達は唇だけで笑った。  ばあちゃんの弁当。瑞輝は昼休みまでずっとそのことを考えていた。途中の休み時間に何度もギザギザ頭をぶん殴ろうと思ったが、安達との約束があるから我慢した。  武道場に行くまでの道はスキップしたいぐらいだった。ギザギザ頭をぶん殴れると思ったらわくわくした。瑞輝は武道場のドアを開き、急いで中に入った。既に数人の人影が見える。誰かと思ったら、藤崎と栗山という教師ばかりで瑞輝は舌うちをした。五対一とかでもいいんだけどよ。 「来た来た。入間、城見から話があるって」  安達が言って、瑞輝は眉間にしわを寄せた。「話?」 「おう、決闘はナシだ。だいたい、決闘しようなんて俺は言ってねぇし」城見は三白眼で瑞輝を睨んだ。 「何だと? 話が違うじゃねぇか、何ビビってんだよ。決闘しようぜ、決闘」  瑞輝はわめいた。このストレスのはけ口、どうしてくれる。 「俺は昼飯、半分床にぶちまけられてムカついてんだよ。センセーが立ち会いならケンカしていいって言うから呼んだんだろ。相手、なだめてどうすんだよ。ゴミ箱でぶん殴られるし、筆箱は散らばってるし、ノートは破れてるし」 「ケンカしていいとは言ってない」安達は困って言った。何をこいつは燃えてるんだ。 「昼飯やノートの損失は、城見が弁償するってさ。それで我慢しろよ。それより城見に聞いたぞ、おまえの怪文書が出回ってるって」  藤崎は話題をうまくすり替えた。安達はそれに舌を巻く。藤崎はニコニコ笑いながらいつでも入間瑞輝をうまく操っているように見える。 「カイブンショ?」 「おまえが人を殺したとか書いてあったんだろ、紙に」藤崎は呆れながら言う。隣で城見がうなずく。そして栗山がその現物を二枚ほど持っていた。 「ああ」瑞輝はその紙を見た。ゴミ箱から拾って来たのか、しわくちゃだ。 「ああ、じゃない。こっちの方が問題だ」栗山はしかめ面で言う。 「ばあちゃんの弁当の方が問題だよ」瑞輝はボソッと言った。安達は笑う。気持ちはわかる。入間瑞輝が『ばあちゃんの弁当』を大事にしているのは安達もよく知っている。教科書やノートを汚されることよりも、弁当をこぼされたことの方が逆鱗に触れたということも知っている。だが世間一般的には、やはり怪文書の方が問題だ。
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加