■ 金曜日 ■

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「俺さぁ、昔、こういう人形をよくもらったよ。悪い人形始末してくれって言われたり、学校の机に朝来たら入ってたり」瑞輝がぶつぶつ言いながら歩いて来て、安達は駐車場の自分の車に近づいた。トランクを開き、中から紙袋を出す。瑞輝はそれを無造作に受け取り、中のスーパーのレジ袋入りの人形を持ちあげる。 「一回、途中で気分が悪くなったのがあってさ。ムカついたから家に持って帰る前に公園で焼いたんだよな」 「おまえ、大丈夫だったか?」安達は瑞輝が袋からさらに人形を出すのを見た。子どものままごと用のような赤ん坊の人形だ。金髪の髪を指でつまむように持ち上げ、じっとプラスチックの顔を見ている。 「大丈夫っすよ、どうせ変なカビとかついてたんだよ」そう言いながら瑞輝は人形を袋に戻した。 「どうだ?」安達は不安半分、好奇心半分で尋ねた。 「これ、いらないですかね。こっちで処分したほうがいいかな。それか相手に返す?」 「なんかヤバいもの憑いてるのか?」 「だからそういうことは俺はわかんないんだって。だからうちのクソ宮司に見せて、ダメならクソ坊主に見せて、何でもなかったら燃えないゴミの日に捨てる」 「燃えないゴミの日はやめてくれ。祟られたらどうする。人形供養とかあるじゃないか。そういうのにしてほしいらしい」 「あんなの、宮司がちょっと神さんに文句垂れて、結局燃えないゴミの日に捨てるんだぞ」 「ええ?」安達は目を丸くした。 「昔みたいに紙と木で作られた人形じゃねぇんだから、燃やしたら有毒ガスが出るだろ。メイドインチャイナなんか燃やしたらこっちがヤバいよ。ちゃんと分別してプラスチック製は業者に引き取ってもらうわけ」 「へぇ…」安達は納得した。 「それより、これ、どこで拾ったのかな」 「え? それが関係あるのか?」 「髪も服も湿ってるし…水の匂いがする」  安達はレジ袋の人形を見た。そして瑞輝を見て、彼の頭をパチンと叩いた。「からかうな。怖くなるだろうが。車で轢きそうになったって言ってたから道だろうよ」人形は何日も友人宅にあって、すっかり乾いている。かつて濡れていた形跡さえない。 「そっか、先生にはわかんないんだな」  瑞輝は頭をさすりながら納得して言った。 「何…? おまえ、まだからかってんじゃないだろうな」安達は瑞輝から一歩離れた。 「返した方がいい?」瑞輝は自分の足元を見た。五、六歳ぐらいの背の高さの空気の塊がある。子どもかなぁと瑞輝は思った。 「おい、誰と喋ってるんだ」安達は瑞輝の腕を引っ張った。「俺はダメなんだよ、幽霊とかそういうのは」 「俺も霊とかダメっす」瑞輝は笑った。「でもね、ラッキーなことに、神道じゃ死んだらみんな神様なんですよね。神様なら平気。怖いけど、わりと現金で話がつきやすいから。この子も人形を返してほしいだけかもしれないし」 「この子って誰だよ」安達は耳を塞いだ。聞きたくない。見たくもない。 「これ、うちで預かるんで、また拾った場所、聞いておいてください。うまくいかなかったら、返すんで」 「返さなくていい」 「そうすか」瑞輝は肩をすくめた。じゃ、燃えないゴミだな。  人形を紙袋に戻し、瑞輝はいつも通りのペタペタとした足取りで校舎へ戻って行く。安達は車の鍵をかけ、少し遅れて歩きながら自分の周りに小さな子どもの霊はついてきてないよなとキョロキョロ見回した。
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