■ 金曜日 ■

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 順路的には金剛時の方が近いから、瑞輝は金剛時へ先に人形を持っていった。桜木の息子の若住職がいたので、瑞輝は彼に声をかけた。 「先生は今日いる?」  息子は瑞輝の紙袋にチラリと目をやってから、武道場の方に顔を向けた。 「向こうにいるけど、何を持ってきた?」 「拾った人形」瑞輝は肩をすくめた。「除霊してほしいって」 「困るなぁ、そういうの持って来られちゃ。自分ちに持って帰って何とかしろよ」若住職は細い目をさらに細めて顔をしかめた。 「だって先生より、晋太郎の方が怖いもんよ」 「何だそれ」若住職は苦笑いした。  瑞輝は武道場の方に向かって歩き出した。ちょっとした広めの通路を小走りに進んでいると、前から見知らぬ人物が歩いて来た。瑞輝は檀家の誰かだろうと思って道を避けたが、相手は瑞輝が避けた方に方向転換する。偶然かと思ってこんどは逆に寄ると、向こうも同じ方向へ来る。  瑞輝は立ち止まり、相手を見た。そこで初めて相手が自分を真っ直ぐに見返していることに気づいた。そして向こうは足早になる。数メートルまで近づくと、相手は砂利道を踏み込んで腰に結わえていた竹刀袋を抜いた。袋から出したわけではない。布に入ったままのただの棒を刀のように握り、振り上げる。 「なっ」瑞輝は振り下ろされた棒を避ける。続けざまに棒はブンブンと振り回される。この音は竹刀じゃねぇなと思った。木刀だ。カチャカチャ言うところを聞くと、一本ではない。二、三本は入っている。瑞輝は紙袋を抱えて逃げていたが、途中で人形が飛び出し、背中のリュックが棒に当たった。生地がひっかかって背中から地面に転ぶ。棒が真っ直ぐ落ちて来たので、横へごろりと逃げ、瑞輝は土を掴んで相手に投げつけた。 「ぬおっ」相手は顔を背けたが、すぐに向き直って棒を振り回す。  ザッと脇腹を棒がかすっていき、瑞輝は顔をしかめた。そこを返って来た棒がまた反対側の脇腹を殴る。瑞輝は地面に手をついて、棒がブンと唸って頭に向かってくるのを見た。ガッツーンと殴られると思ったのだが、棒は急速に勢いを失い、瑞輝を土の上に留める程度に当たった。相手はグイと棒を瑞輝の首に平行に当てると、瑞輝の体の上にドサッと片足を乗せた。 「これが黄龍か? 情けないな」  相手は瑞輝を睨みつけると、ペッと唾を吐いた。瑞輝は息を切らせて相手を見た。真っ黒な短髪に太い眉。真っ黒な目に、肌の色も黒い。どこの骨の太さも自分の倍ほどありそうで、胸板も厚く肩幅も広い。指だって倍ぐらい太い。情けないとか言われても困る。 「立て」  相手は瑞輝の横に立つと、棒を自分の脇に持って瑞輝を見た。  瑞輝は警戒しながらゆっくりと体を起こした。両側の脇腹が痛い。 「誰?」瑞輝はよろよろと立ち上がりながら言った。汗が流れたと思って指でぬぐうと、血だった。 「黄龍を鍛えに来た」 「うへ? 頼んでねぇし」瑞輝は言い終わる前に棒がブンとうなるのを聞いた。そして横面を地面に突き落とされた。いってぇし。 「こら、ありがたくいただきますってのが師に対する言葉だろうが」  師って誰のことだ。瑞輝は相手を睨んだ。 「てめぇ…」 「瑞輝」呼ばれて瑞輝は振り向いた。桜木が困ったような顔で立っている。 「先生、こいつ誰なんだ」また言い終わる前に殴られた。  いってぇし。瑞輝は後頭部を押さえてぐっと唇を噛んだ。
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