■ 金曜日 ■

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「山本さん、この子にはまだ何も言ってないので…」桜木がやってきて説明している。瑞輝は下からゴツゴツした相手を見上げた。晋太郎と同じぐらいの年か。いきなり殴りかかってくるってのは礼儀にも反してるんじゃないのか。そんな相手をなんで師と認めなきゃなんないんだ。 「瑞輝、この方は龍清会から紹介していただいた山本さんだ。わしも年だから毎日おまえの相手はしきれなくなってきた。それで助っ人を頼んだんだ。おまえが思う存分動けるようにな」  桜木が言って、瑞輝は息をついた。「なんでだよ。先生で充分だよ」  桜木は不服そうな瑞輝を見て笑った。「おまえが良くてもわしが辛いわい。この方はおまえにピッタリなんだ」 「何が。俺は先生がいい」  気持ちは嬉しいがな。桜木は苦笑いする。小学生からずっと見て来て、常に「先生」と呼んでくれるようになったのは、つい最近だ。クソジジイとかクソ坊主とか言われまくっていたのだがな。 「おまえは前々からわしの相手で足りるレベルを超えてるんだよ。もう一歩先に進まなくてはいけない。神事が難なくできるようになっているんだから、今度はその力をもっと広く身近に使いたいと思わないか? コントロールさえ学べば、おまえ自身も楽になる。山本さんはそれを教えてくれる」  瑞輝はゆっくりと立ち上がった。そして山本という相手を見た。 「マジかよ」 「やってみないとわからないが、ヒーリングを学んでたって?」  山本に言われ、瑞輝は苦い顔でうなずいた。 「やったけど、やめた。全然うまくできなくて」  山本はニコリと笑った。「そうか。それもうまくできるようになるかもしれない」  瑞輝は黙って山本を見た。今すぐ教えてくれ、と言いたいのを我慢する。初対面で足元見られたらマズい。 「話を聞く気になったか?」  桜木が笑みをうかべながら言った。瑞輝は表面上はムスッとしたまま、一応うなずいておいた。  もし本当なら、うれしいことだった。もし本当なら、だ。瑞輝は軽はずみに浮かれないようにしようと思った。過去に何度も挫折して来た記憶がある。調整力をつけるってので、何度変な修行やらされたことか。神事にかこつけて真冬に毎朝川の水を浴びせられたり、真夏に山に登らされたり。根性がひん曲がってもおかしくないことをさせられて、素直に生きてるんだら感謝してほしいぐらいだ。このやり方はおまえに合ってなかったな、で終わりだ。何日も耐えた俺の努力は全く評価されずに。そんなのはもう懲り懲りだ。
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