■ 金曜日 ■

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「ちょっと坊主の力を見せてくれないか」  山本が言った。瑞輝は目を上げる。 「力?」腕相撲でもやるのか、と笑おうとしたら、山本は竹刀袋から木刀を取り出し、ブンと振り上げた。  またかよ。  瑞輝は相手を見た。木刀が振り下ろされる。さっきとは違う。文句を言う暇もないぐらい、追い込みが早い。しかも手加減するつもりもないらしい。一瞬逃げ遅れてのど元が木刀が触れて行ったが、あとコンマ一秒遅かったら骨が砕かれていたんじゃないかと思った。その瞬間に瑞輝も本気になった。  相手を神事の時の神と思えばいい。あいつら、遠慮ってものを知らないからな。自分のやりたいようにやる。きっと鎮座させられて退屈してんだろう。じいちゃんが言ってた。神様ほど暇な職業はないって。職業でもないだろうけど、一理ある。  瑞輝は目を閉じ、すぐに開いた。  おっと。山本は振り下ろそうとしていた腕を一瞬止めた。瑞輝の視線が自分を貫いてさらに背後を見ているように感じて戸惑った。そこからは非常にやりにくくなった。山本が自分の意思で攻撃をしかけているというよりは、瑞輝に誘導されているような感覚に陥った。十数秒のことだったが、時間が過ぎるにつれてその感覚は強まり、最後に木刀を瑞輝に掴まれて動きが止まった。  山本は息をついて力を抜いた。木刀から手を離すと、それは瑞輝の手の中に残った。  瑞輝は木刀をひょいと持ち直し、地面に刃先を突き刺すように立てて、ゲホゲホと咳き込んだ。中途半端に神事のまねごとみたいなことするから、余計に調子が狂う。体が熱い。 「切り替えが下手でして」桜木が苦笑いで山本に言った。  山本は首をひねる。「切り替えですか?」  桜木はうなずいた。「入るときはスッと入れるのに、出てくるときにいろんなものを忘れてくるんですよ。息の仕方とか、ものの見方とか。だからめまいがしたり、頭痛がしたり、呼吸が止まったり。困ったもんです」 「うるせぇ、クソジジイ」ゲホゲホと言いながらも瑞輝が言って、山本は桜木が笑うのを見た。  師に向かって何を、と思ったが、どうやらそれでいいらしい。  山本は自分の汗を拭い、手のひらを見た。木刀を握っていた手が赤い。桜木に事前に聞いてはいたが、確かに痺れるような力が伝わって来た。それからあの視線だ。まるで山本がそこにいなくなったかのような感覚を呼ぶ視線。まるで何も見ていないようにも見えるが、対峙してみればわかる。この子は全体を平均的に見ていた。どんな小さな変化も見逃してくれないような、そんなちょっとした恐怖感に包まれる。柔らかく開かれていた手の指先もそうなのだろう。何かを掴むためにあるのではなく、体の感覚のアンテナのように存在していたように思える。 「ちょっと休ませます」  桜木が言って、彼は山本と瑞輝を本堂の裏にある客間に通してくれた。奥から冷たい茶を運んで来て、テーブルに三人分の茶碗を置く。  瑞輝は冷たい麦茶を飲んで大きく息をついた。生き返るぜ。 「さっきのは全開じゃないわけだよな」山本は確認するように瑞輝を見た。瑞輝は山本をじろっと見た。 「全開したら、俺、粉々になるんじゃねぇかな」  ふんと山本はうなずく。そうか。まだ調整がいるのか。 「へなちょこに見えて、やっぱり黄龍と認められただけあるな。とんでもないパワーを持ってるらしい」  瑞輝は山本をチラリと見た。それ、褒めてんのか。褒めてんだろうな。違うのか。わかんねぇ。 「で、どうします?」桜木が山本に小声で聞く。  山本は少し考えて腕組みをした。「実際見てみると、龍清会が異様に警戒していたのが納得できますね。自分の中で制御できているのが不思議なぐらいです。小出しにするのは繊細なコントロールが必要です。彼にはまだ難しそうです」 「そうですか…瑞輝もちょっとはストレスから解放されるかと思ったんですけど」  瑞輝は二人を見比べた。何の話してんだ?
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