■ 金曜日 ■

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「ところで本人はストレスに感じてるんですかね」山本が言う。 「そりゃ感じてます。日常的に邪魔されているわけですから」 「そうですね。いつか自暴自棄になって制御を外すかもしれない」 「一応…そんなふうに爆発したときのために、龍笛ってものはあるんですけど、あれはこの子にもダメージがあるので」 「らしいですね。では…やはり調整はすべきですね」 「はい…」桜木は考えこみながらうなずいた。 「俺の話?」瑞輝は眉を寄せた。「笛使うって? あれすんげぇ頭痛いんだぞ」 「わかってるよ」桜木は瑞輝を睨む。瑞輝は肩をすくめた。じゃぁ黙ってるよ。  桜木と山本は小さくため息をついた。  数十秒の沈黙が流れて、瑞輝はあくびをした。 「俺さぁ、帰っていいかな。人形は置いていくからよ」 「待て」二人は異口同音で言った。瑞輝はニヤッと笑った。「ハモってやんの」 「とにかくまずは常時バランス良くコントロールする力をつけてもらいましょう。その後で、インプット、アウトプットの制御も身につけてもらう。それさえできれば、大爆発はある程度避けることもできるでしょう。次第に、相手によって何も考えなくても力のバランスが取れるようになって、必要以上に出すことも、足りないということもなくなります」  山本は瑞輝を横目で見た。瑞輝は彼を見返す。 「最初にいきなり殴りかかったのは、制御力を見たかったんだ。悪かったな。不意打ちされたら、もしかしたら制御を外すんじゃないかと思ってな」  山本は瑞輝に愛想のいい笑顔を浮かべた。瑞輝は黙って桜木を見た。そして山本に目を戻す。 「あんなもんじゃねぇ」瑞輝はぼそりと言った。 「え? 何が?」 「不意打ち。神事ンときの不意打ちってのは、あんなもんじゃねぇ」  不機嫌そうに瑞輝が言って、山本と桜木は黙って瑞輝の言葉にうなずいた。そうか。だったら実際の人間の動きなんて、彼にはスローモーションで見えるのかもしれないな。 「しかし常に我慢しているんだろう? ある力をわざわざ抑え込むのは疲れるだろう」  山本は瑞輝をじっと見た。今は視線もきちんと合う。たまにフラッと視線が逸れるが、すぐに戻ってくる。そこに努力の跡を見て、山本は苦笑いした。 「慣れた」瑞輝は不服そうに言う。たぶんきっと一番最初に覚えた言葉は「我慢しろ」だ。それぐらい常にじいちゃんに言われ続けて来た。見えても見えないフリをしろ、聞こえても聞こえないフリを。気づいても気づかないフリをしていろ。ちゃんと意味がわかるまで、おまえは知らなくていい。それでも素朴な疑問を口にしてはよく怒られたものだ。 「抑え込むことに慣れるんじゃなく、調整する力を持つことだ。坊主だって卵を握りつぶす力は持っているだろうが、卵を持つたびに潰さないようにと用心しすぎて落としたりしないだろう? あれは自然に自分で力の制御をしているんだ。何度もいろんなものを握ってきたから調整がわかる。あれも訓練の賜物なんだ」  山本は自分の手に今卵を持っているかのように、柔らかくふくらませた。 「坊主が最初に俺に腹を殴られたのは、卵を取り落としているのと一緒だ。用心し過ぎで力を全く使ってないんだ。今は神事なんかに使うレベルか、ゼロかしか目盛りがない。その間に目盛りを作って、自分の身を守るのに必要なだけの力を出せばいい。それができていれば、ゴルフクラブで殴られて意識を失うなんてこともなかったんだ」  瑞輝は山本を睨んだ。嫌なことを思い出させる。しかし確かに言う通りだから言い返せない。
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