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山本とかいう人に殴られた脇腹が痛い。瑞輝は腹を抑えながら伊吹山を上がった。マリンブルーの自転車も押していく。神社の手前にある、車が二台しか止められない駐車場の脇に自転車を止める。
晋太郎のプリウスがあった。瑞輝は「はぁ」と息をついた。いっそ留守なら良かったのにと思う。いずれ帰ってくるとわかっていても。帰って来ないと人形を見てもらえないとわかっていても。
プリウスの横には軽トラックが止まっていた。晋太郎の新居を作っている工務店の名前がトラックに書いてある。
山道を十分ほど歩き、坂の上の鳥居をくぐる。そこが開けて神社が現れる。山の上の神社でそう大きくはない。拝殿と本殿が前後に並んでおり、その横手に小さな社務所がある。一応お守りや破魔矢も置いてあるが、滅多に参拝者はいない。この神社は関係者だけが来る神社と言っても良い。
社務所の裏に入間家の自宅がある。自宅と本殿の間の空き地で、大工の棟梁が晋太郎と和やかに話をしているのが見えた。最初はマッチ棒で作った箱みたいだったのが、だんだん家になってきた。
「兄ちゃん、お帰り」
棟梁が顔をひょいと覗かせて声をかける。それで晋太郎も振り返る。
「おかえり」と言って、晋太郎は瑞輝の手荷物を見る。「何だそれは」顔が険しくなる。
瑞輝は仕方ないなと二人の方へ近づく。
「学校で先生に見てくれって言われて」瑞輝は紙袋を足元に置いて、中のレジ袋を出した。茶髪のヨチヨチ歩きぐらいの赤ん坊。二、三歳児が手に抱いてちょうどいいサイズに作られている。見開いたままの目が、空をじっと見ている。
晋太郎はため息をついた。「おまえ、自分で処分できないものはもらってくるなって言っただろう」
棟梁は好奇心いっぱいで人形を見る。
「何だいそれ、何か悪いものでも憑いてるのかい?」
瑞輝は首をすくめた。「処分はする。その前にちょっと見てくれって言ってるだけだろ。金剛寺では大丈夫だって言われた」
大丈夫なのか。棟梁はホッとしたような、拍子抜けしたような顔をした。
「うちで燃やすのはやめてくれ」晋太郎は人形に触れようとせずに言った。
「燃やさない。プラスチックだから」瑞輝は人形を持ち上げてじっと見た。晋太郎は何だか嫌がってるな。やっぱり憑いてるのかな。「嫌な感じ、する?」
晋太郎は顔をしかめる。「それ、今晩、うちに置くのか? 嫌だぞ。今日中にどっかに持っていってくれ」
「どっかってどこに」瑞輝は困惑した。「まだ元にあった場所も聞いてないのに」
「そんなこと知るか。先生に返してきたらいいだろう」
「無責任だな。変な感じがあるんだろ。先生に悪いことが起こったらどうするんだよ」
「おまえ流に言うと、それも運命なんだろ。とにかく、うちでは引き取らない」
晋太郎はビシッと言うと、棟梁に「さっきの件、よろしくお願いします」と言って家の方に引っ込んでしまった。
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