■ 金曜日 ■

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「で、おまえは怒ってるのか」晋太郎は瑞輝に聞いた。 「怒ってない」瑞輝はワンテンポ遅れて答える。「わかんないだけだ。なんであんなこと言うのか」  晋太郎も少し考えてから問い返した。 「何を言われた?」  瑞輝は助手席で目を閉じた。「つまんねぇこと。聞いても面白くない」 「別に面白がりたいわけじゃない」  晋太郎は言ったが、瑞輝は何も言わなかった。  それからは二人は黙ったままだった。瑞輝はじっと窓の外を見続けているだけで、晋太郎はラジオを聞きながら、どうするべきなのか考えていた。  伊吹山に車が到着して、晋太郎はエンジンを止めると瑞輝に言った。 「明日は熱でも出してみたらどうだ」  瑞輝は晋太郎を見た。「何って?」 「池に落ちたんだろ。風邪を引いたってことにしよう。泰造のところへ行けば何とかしてくれる」 「何言ってんだ」瑞輝は笑った。「晋太郎らしくねぇな。自分が悪くないんなら堂々として行け、とか言うんじゃないのかよ。大丈夫だ。俺は何もしてねぇんだし」  瑞輝は車を出て、パタンとドアを閉めた。だから晋太郎も出る。 「あの人形、特に悪いものは憑いてなかったようだけどな」  晋太郎は思い出して言った。 「じゃあなんで家に置くなって?」車を挟んで瑞輝が聞く。  晋太郎は暗い空を見上げて考えた。「何だろうな。わからん。ここじゃないって感じがしたんだよ。それを置くべき場所がさ」 「今は警察にある。あそこが置くべき場所だったのかな」 「もし、それで行方不明の子が見つかるならな。池を攫うって言ってたし」  晋太郎が言うと、瑞輝は軽く目を前の木々にやった。微風が木の葉を揺らしている。 「三歳だと親の顔とか覚えてるもん?」 「ん? そりゃぁ…覚えてるだろう」 「そっか。じゃぁ良かった」  晋太郎は首をひねった。瑞輝は山道を歩き出す。 「おまえ、幽霊とか見えるようになったのか?」晋太郎は瑞輝を追いながら声をかけた。 「宗派が違うから無理」 「冗談じゃなくて」晋太郎は瑞輝の前に出て、瑞輝を止まらせた。「もしあの子の居場所がわかるんなら、ちゃんと教えてやらないと。親御さんだって早く対面したいだろうし、あの子だって水の中にいるよりは…」  瑞輝は眉を寄せた。「池を攫うって、子どもの死体を探すため?」 「他に何がある?」 「たぶん池にはいない」 「じゃぁどこにいる?」 「知らない。でも死んでる感じはしない」  晋太郎はじっと瑞輝を見た。死んでる感じはしない? 「見つかるといいな」  瑞輝が言って、晋太郎はうなずいた。  本当だ。見つかるといい。六歳か。来春の入学式に間に合うかもしれないな。
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