■ 土曜日 ■

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「ルールがある世界ってのもいいもんだ」藤崎が横で言った。「おまえ、一回、これもやってみたいと思わないか? 仲間ができるというのはいいぞ」  瑞輝は柵に腕をついて前を見つめたまま首をかしげた。 「どうかな。こっちに手を出して、神事がうまくいかなくなるとマズいしな」 「そう言われると誘いにくいな。そういう可能性もあるわけか」 「そりゃそうだろ。感覚が変わっちまうよ。切り替えろって言われても、そんな器用な性格じゃねぇし」  藤崎はうなずいた。器用じゃないのは知っている。 「じゃぁ全然別のものやったらどうだ? 野球とかサッカーとか」  瑞輝は藤崎を怪訝そうに見た。「何? うちの担任に何か言われた?」  バレた。藤崎はとりあえず笑顔で誤摩化した。夏休み明けから、入間瑞輝の表情が暗いと相談を受けていた。藤崎先生はあの子と仲がいいでしょう? 担任の若い英語教師は頭をかきながら言った。英語教師ってのがマズかった。入間瑞輝が苦手な教科で、互いに互いを牽制し合っている。それでもクラスの一生徒として何とか不調を直してやりたいという教師の気持ちは素晴らしい。 「友達つくるの面倒臭いって、それってそんなに変すか。なんかあの先生、やたらめったら友達できたかって聞くんだよな。去年は山内先輩いたからいいけど、今年は俺がいっつも一人でいるからって」  ははは。藤崎は苦笑いの顔を固めて試合を眺めた。双方の言い分は、互いに相容れそうにない。瑞輝の担任の栗山は藤崎と年も近く、よく飲みにも行くが、熱意はあるがまだよく今時の高校生ってのをわかってない。特にこの入間瑞輝ってのは特別コミュニケーションが作りにくい奴だから、真っ直ぐにぶつかっていっても跳ね飛ばされるか、かわされるだけだ。 「山内とはまだつるんでるのか?」藤崎は話題を変えてみた。 「たまにね」瑞輝はうんざりした声で言った。「駅とかでよく会うんだよな。俺つけられてんのかなって思ったりもしたんだけど、たぶん先輩がウロウロしすぎなんだよな」 「そうだな、あいつ、ちゃんと仕事してんのか?」 「早朝にトラック乗ってるから仕事してんじゃないすか」  ふうんと藤崎はうなずいた。山内章吾の家は魚屋をしている。入間瑞輝が新入生で入って来たとき、絡みに行って逆にやりこめられ、それ以来、なぜか友達付き合いをしている。入間瑞輝はそうは思ってないようだが、山内はすっかり自分の後輩だと思って彼を大事にしている。 「おまえも早朝に出歩いてるってわけだな」 「俺は仕事っすよ。あ、俺も、か」瑞輝は自分で言って自分で小さく笑った。「あ、入った」  瑞輝は下の試合を見て言った。藤崎も試合を見る。優勝候補が順当に勝ち上がっていた。観客席の反対側が沸いている。瑞輝はそれをまぶしそうに見た。 「夏休み明けから、おまえが前より人を寄せ付けなくなったって心配してたぞ」  藤崎は正直に言ってみることにした。この生徒は一旦心を許した相手には、比較的気楽に話をしてくれる。藤崎は自分が彼にどこが気に入られたかわからなかったが、藤崎自身も彼が嫌いではなかったので声をかけることが多かった。仲が良い、というわけではない。この生徒が他との関係を築かなさすぎるのだ。
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