■ 土曜日 2 ■

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 ブルブルとジーンズのポケットの中で携帯電話が震えた。瑞輝は自転車を立ててそれを見た。ゴクリと唾を飲む。何だ、何の用だ。 「はい」と瑞輝が出てみると、相手は「あ、出た」と驚いた。  瑞輝は少しムッとした。「出たら悪いか」 「相変わらず不機嫌な奴」とユアはつまらなさそうに言った。「パパが用事があるって」  そう言って、すぐに電話が受け渡しされる音がした。何か電話の向こうでゴチャゴチャ言っている。 「入間君、店が終わっちゃうじゃないか。今日来るって話だったのに」  電話口に出たユア父はおどけるように言った。 「行くとは言ってないです」  瑞輝は答えた。確か、そうだったはずだ。良かったら来なよ、と誘われただけだ。 「ケーキ、取ってあるからおいでよ。今どこ?」 「伊吹山」 「嘘だ。伊吹山に信号はない」  瑞輝は頭上でピッポピッポと鳴っている信号のメロディを見た。チッ。 「ケーキは別の人に」 「ダメダメ。ユアが切り損ねて、売り物になんないのが余ってんの」 「じゃ家族で食えばいいじゃないすか」 「あのねぇ、僕らがユアの試作品でいくらチーズケーキを食べさせられたと思ってんの。もう口が飽きたよ」 「常連さんにあげたら」 「六時閉店。常連さんももういないよ」  瑞輝は言葉に詰まった。言い訳が他に思いつかない。 「ちょっと寄ってくだけでいい。時間がなかったら包んであげるから。あ、そうそう、それにね、相談したいことがあるんだよ」 「拾った人形とかは受け付けません」  瑞輝が言うと、ユア父はがははと笑った。 「いや、マジで」瑞輝は本気で言った。 「大丈夫、そういうのじゃないから。じゃぁ待ってるからね」  電話は一方的に切れた。瑞輝は肘を見た。血が出ているので舐めて消す。膝はジーンズがあるからわからないだろう。ちょっと膝がほつれてはいるけど、ダメージジーンズだと思ってくれるかもしれない。  それでもしばらく瑞輝は考えた。行きたい。でも行っちゃいけないんじゃないだろうか。だって今は犯罪疑惑が二つもかかっているわけだし、通りすがりにスクーターに蹴飛ばされたり、陰口叩かれたり、すれ違いざまに唾をひっかけられたりするわけだから。  そこで電話をかけ直してみた。
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