■ 土曜日 2 ■

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 瑞輝は通話ボタンを押した。「はい」 「あ、出た」ユア父だったが、さっきのユアと同じような意外そうな声を出した。親子だ。「血が出てるって聞こえたから。怪我してるのかい?」 「いや、大丈夫。ちょっと…転んだだけ」 「また昨日のことで変な奴らに囲まれたんじゃないのかい?」  妙に勘がいい。「いや。自分でやった。擦りむいただけだから、大丈夫」 「今どこ? 警察に呼ばれたって聞いてるけど、帰り道ならうちの近所だろう?」  瑞輝はふっと笑った。「全然違うじゃん。おじさんの店に行こうと思ったら、遠回りになる」 「方角は一緒じゃないか」 「東西だけね。南北が違う」 「固いこと言うねぇ」 「自転車も調子悪くて。寄り道できない」 「あ、じゃぁうちに寄ったら家まで車で送ってやろう」 「大丈夫。小学校の時から、これぐらい徒歩圏内だから」 「でも夜道は危ないぞ。また絡まれたらどうするんだ」  絡まれたって言ってねぇし。瑞輝は息をついた。「警察の人といるから大丈夫」 「え?」 「警察の人がいる。横に。だから絡まれない」 「警察の人にいじめられてないか?」小声でユア父が言った。 「大丈夫だよ」 「だったらいいけど…」勢いを失ってユア父は口ごもった。 「もう来なくていいわよ!」突然ユアに声が切り替わって電話は切れた。瑞輝は絶句して携帯電話を見た。  あれは怒ってるな。確実に怒ってるな。なんでかわかんないけど怒ってる。ケーキを取っておいたのに飛んで来ないから怒ってるのかもしれない。あ、相談って言ってたな。相談ってユアの相談だったのかもしれない。また誰か意に添わない奴に告白されてるか、ストーカーされてるかだったらどうしよう。  瑞輝は一瞬の間にいろいろのことを考えた。そして警察官を見た。 「どうした?」伊瀬谷京香の父は言う。  瑞輝はどう説明しようか考えた。何て言えばいいんだろう。 「知り合いの家に」と瑞輝が切り出すと、警察官はうなずいた。「ケーキの家だな」  瑞輝は息をついた。そうだった、さっきから聞かれてたんだ。 「そこに寄って行こうかと思うんですけど」 「そうか」 「行ってもいいですか」  警察官は眉を上げた。「さっきからどうして私に聞くんだ?」  瑞輝はじっと相手を見た。聞かなくてもいいんなら聞かないけど。  それならと、瑞輝は自転車を押して歩き出す。晋太郎が心配するかもしれないなと思った。後で電話しておこう。  警察官はやっぱりついてきた。途中で二人乗りの中学生を注意したり、道に広がって歩いていた高校生を注意したりしながら。瑞輝はその度にこのまま振り切って逃げようかと思ったが、どうせ月曜日に伊瀬谷京香に何か言われるだけだと思って、歩を緩めながら適度に距離を保って歩いた。実のところ膝も少し痛かった。警察署で出された昼の弁当もあまり食えるものがなかったし腹も減っていた。道の両脇から、夕食準備のいろいろな匂いが漂って来て、腹が鳴った。それを聞いて警察官が笑った。  三角屋根のレンガ塀が見えて来て、瑞輝は少し胃が痛くなった。ツタが壁にひっついている。 「ポルカ」警察官が読み上げた。「準備中」という札がかかっている。  瑞輝は大きく息をついてから、ドアを押した。カウベルがカランと鳴る。  明かりを落とした店内で洗い物をしていたユア父が顔を上げる。 「おや」そして続いて警察官が入って来るのを見て「おやおや」と言った。  瑞輝はぺこりと頭を下げた。
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