■ 土曜日 2 ■

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「ケーキ、取ってあるよ」ユア父はにっこり笑った。「おまわりさんの分はないけど」 「私は結構です」伊瀬谷氏は手で制した。 「どうぞ」ユア父はカウンター席を少し泡のついた手で示した。慌ててそれをタオルで拭く。  警察官が先に座り、瑞輝が仕方なくという態度で一つ席を空けて座る。そしてカウンターの奥をチラリと覗く。 「ユアは家にいるよ。呼ぼうか?」ユア父が警察官にメニューを出しながら言った。  瑞輝は首を振った。怒ってるだろうし。 「準備中と外に」伊瀬谷氏はメニューを受け取らず、恐縮した。 「一人も二人も一緒です」ユア父はニコリと笑う。 「では彼と同じものを」伊瀬谷氏は言った。 「だって」ユア父は瑞輝を見た。  瑞輝は警察官を見て、それから「じゃぁ、ホットコーヒー、ハウスブレンド」と言った。  ユア父はうなずいた。  瑞輝は冷たい氷の入った水をゴクリと飲んだ。そして大きく息をつく。 「疲れたか?」  横から警察官が聞いて、瑞輝は背筋を伸ばした。「いえ」  伊勢谷氏はそれについては何も言わず、立ち上がってラックから新聞を取った。席に戻ってそれを読む。  瑞輝はじっとユア父の作業を見ていたが、携帯電話がまた震えたので電話を取る。晋太郎だった。 「あ、ごめん。ちょっと寄り道してる」瑞輝は向こうが何か言う前に答えた。 「どこに?」晋太郎はいつも通りの声で言う。怒っているのかどうかわからない。それが晋太郎の怖いところだ。油断していると激怒しているときがある。 「知り合いの家」 「知り合いって、高校の?」 「違うけど…。自転車が壊れてて、それで」 「どうして壊れる? 何かあったのか?」 「転んだ。でも大丈夫。金剛寺の近くまでは来てる。えっと…二時間ぐらいで帰れると思う」 「金剛寺まで迎えに行く」 「来なくていい。自転車は金剛寺に置いて行くし。怪我もしてない。普通に帰れる」  目の前に手が出て来た。瑞輝は驚いてその手を見た。 「家の人だろう?」伊瀬谷氏が言う。瑞輝はうなずいた。そしてその手に携帯電話を乗せる。  何を言われるんだ。瑞輝はハラハラしながら警察官を見た。 「お電話代わりました、波賀野署の伊瀬谷と申します。入間君をお宅までお届けしようとご一緒させていただいています」  大人の挨拶が一通り行われる。瑞輝は眉間にしわを寄せながら、伊瀬谷氏が何を言うのか耳を澄ましていた。 「途中で入間君の腹の虫がグウグウ鳴り出しまして、こりゃ伊吹山は登れないと、ちょっと店に立ち寄っている次第でして。少しお時間をいただけたら、きちんとご子息はお宅までお送りいたしますので」 「おまちどう」ユア父がカウンターにコーヒーを置いた。伊瀬谷氏の前にはブレンドホットコーヒーを、瑞輝の前にはアイスコーヒーとチーズケーキ。  瑞輝は伊瀬谷氏が携帯を持ったまま頭を下げて礼をして電話を切るのを見た。きっと晋太郎も伊吹山で頭を下げているだろう。とにかく話がついたようで良かった。警察官ってのはそれだけで信用される。いい気なもんだ。 「あれ?」伊瀬谷氏が二人のコーヒーの違いに気づいてユア父を見た。 「アイスが良かったです?」ユア父が聞く。 「いえ…いいんですけど」 「入間君は夏は冷たいのしか飲まないんですよ」 「そうですか」伊瀬谷氏はうなずいた。  瑞輝は返してもらった携帯電話をカウンターの横に置き、チーズケーキのフォークを取った。そしてケーキを口に運ぶ。
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