■ 土曜日 2 ■

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「顔見て安心したんだよ」ユア父が楽しそうに言った。  瑞輝は彼を見上げた。「おじさん、俺のこと、ホントに怪しいと思ってないわけ?」  ユア父は丸い目を瑞輝に向けた。そしてカウンターの空になった瑞輝の皿とグラスを取る。 「君のことは、こんな小さい頃から見てる」ユア父はカウンターの向こうで体を屈めた。見えなかったが、おそらく手で身長を表していたのだろう。確かにユアとは五歳から幼なじみだ。「ユアが何度か助けてもらったのも知ってるし、去年、君が詐欺に引っかかりそうになったのも知ってる」  チロリと伊瀬谷氏は瑞輝を見た。 「引っかかってない」瑞輝は警察官に言った。警察官はうなずいた。 「十四歳だった君がどんな子だったかぐらい、おじさんだって覚えてるさ」  瑞輝は目を伏せた。思い出したくない。 「あの頃だって今だって、君は誰かから何かを奪ったりする子じゃない」  瑞輝はかすかに首を振った。「奪うつもりがなくても、そうなることはある。俺はそんないい奴じゃないし、みんなもそれ知ってんだよ」  ユア父は困って眉を八の字にした。「誰だってそんなにいい奴じゃないよ」 「違うんだ。わかってんだよ、俺がみんなに嫌われるのは、俺がみんなを嫌ってるからだって。だからやめようと思ってるんだけど、なんかもう…どうしたらいいのかわかんねぇし。自分だけが悪くないってガキの頃は思ってたんだよ。そのツケが来てんだろ、今」 「子どもの頃は、誰だって自分が正しいと思うもんだ。普通だよ。ツケなんてない」 「でも入間のじいちゃんが言ってたんだよ。相手は俺の鏡だって。あれは正しいと思う。俺が髪を黒にしたいって言ったら怒られた。相手はおまえの髪の色だけを見てるんじゃない。おまえの本心を見られてるんだって。そういう上辺のことばっか言い訳にしてっから、俺はいつまでも石を投げられんだって」  ユア父は苦笑いをした。「厳しいおじいさんだな」 「俺のことを怪しんでないって言ってくれんのは、すんげぇ嬉しいけどよ、でもあんまり言わないほうがいい。客が減って店がつぶれたら困るから」 「滅多に来ないくせに、困るも何もないだろう」ユア父は笑った。  ユアが困るだろう。瑞輝はそう思ったが口にはしなかった。 「ゴミの家を見て帰る。どこ?」  瑞輝はポケットの財布から千円札を二枚出した。「あっちのおじさんの分も一緒に」 「ありがたいが、警察官は人に奢ってもらうと賄賂になる」伊瀬谷氏は自分の財布を取り出した。 「いや、二人ともいりませんから」ユア父は二人に言った。「入間君はうちのご近所さんを見てもらうお礼ってことで、おまわりさんはその友達ってことに」 「それはできません」伊瀬谷氏はメニュー表を見て、ブレンドホットコーヒーの代金をきっちり出した。  瑞輝もアイスコーヒーとチーズケーキの値段を探してメニューを見た。 「ケーキの値段がない」瑞輝は顔を上げた。 「ないよ、だってサービスだもん。いいって何もいらない。ちょっと隣の家、見て行ってあげてくれれば」 「ユアが怒りそうだから」瑞輝は千円札を一枚だけ置いた。 「いらないのに」と言いながら、ユア父はカウンターから出て来て、店の出入り口を開いた。「こっちの隣の家なんだよ。そこの花がいっぱい植わってる家」  瑞輝は外に出て、一緒に家を見た。伊瀬谷氏も後から続く。
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