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■ 日曜日 2 ■
翌、日曜日は警察も呼び出しをかけてこなかった。
瑞輝は早朝から起こされて、伊藤の車で三時間運ばれ、山奥の神社のよくわからない奉納神事に出席した。神社の奥に洞窟があって、その奥に祠があると言う。たいまつを持って一人で中に入って、そこにおわすはずの神と数時間、語らい合って来なさいと言われて、瑞輝は本気かと周りの大人たちを見た。
「こういうのはだいたい、若い女がやるもんじゃないのか」
瑞輝が言うと、村長や村役場の人間は一斉に首を振った。
「山の神は女性ですから、若い男の方が喜ばれるのです」
「だいたい、この中って安全なのか?」瑞輝は本当に背の高さほどしかない入口から中を見た。数メートル先までしか光が入っておらず、その先は見えない。
「大丈夫だよ、五十年前に入間さんもやったみたいだから」伊藤が肩を叩く。
「五十年、誰も入ってないんだろ? 毒ガスが沸いてたらどうするんだよ。クマとか蛇とかムカデとかいたら」
「短刀があるでしょ」伊藤は瑞輝の腰を叩いた。
瑞輝は詳細を知らされないまま、白い作務衣のようなものに着替えさせられていた。その腰に短刀が刺してある。今日は神と一戦交えるわけじゃないから安全だよとか言われた。安全だと?
「毒ガスは?」瑞輝は伊藤を睨んだ。
「大丈夫だって。黄龍君が簡単に死ぬような世界にはなってないから」
「根拠がないんですけど」
「ほら、七時になるよ。入って入って。出口が開くのは十二時だからね」
伊藤は瑞輝の腹に、神餞の積んである盆の入った風呂敷を押しつけ、背中を押した。
「数時間って言ったじゃないですか。五時間も…」
「はいはい」伊藤は燃えているたいまつの棒を入口の壁に立てかけ、出入り口で待っている男たちを見た。
よろしくお願いします、と伊藤が言うと、男たちが重い一枚岩の扉を押し動かす。
村長や村の人間が深く洞窟に向けて礼をした。
「覚えてろよ、てめぇ」と瑞輝が叫んだ気がしたが、伊藤は扉が閉まるとパンパンと柏手を打った。
大丈夫だって、黄龍君なら。
扉番を残し、伊藤たちは一旦山を下りた。下で宴会でもしながら待っていよう。
脆そうな赤土の洞窟を、ゆっくりと一歩ずつ進む。入口にずっといてもいいのだが、この神餞を隠す場所がない。そして神社に育った瑞輝としては、神餞はやはり神の元に届けないといけないという気がした。
それで歩き続けているが、いつまでたっても祠が見えない。道を間違えたのかと思って戻っても、さっきは、東西南北、九十度にそれぞれ道があったのに、戻って来た道の他には、あと一つしか道が通ってなかった。しかもそれは、最初に瑞輝が入口から入って来た道ではない気がする。
そうか。俺はもう何かに取り込まれてしまってるってことだな。伊吹山でたまにある、アレだ。神様にからかわれてんだ。行っても行っても山を下れなかったり、いつまでも山を登りきれなかったり、下ったはずが神社に戻って来てたり。晋太郎はそういう目にはあったことがないらしい。羨ましい。
とにかく前へ進もう。瑞輝は立ち上がった。どうせ五時間もあるんだ。
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