■ 日曜日 2 ■

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 映画館には行ったことがないが、テレビで晋太郎が見ていた映画を一緒に見たことがある。何かの宝を探す冒険もので、洞窟の中を走ったり滑ったりしながら進むのだった。前から大岩が転がって来たり、上から滝が流れて来たり、地面が突然割れて地中に飲み込まれそうになったり。話は面白く、確かシリーズで続編がいくつもあったと思う。瑞輝はそれを見たいと思ったが、レンタルで借りるほどのこともなかったので黙っていた。  神事を引き受けるようになってからは、そういうドラマの主人公に同情するようになった。同時に、彼らは積極的に事に向かい合っているなと思って、自分を恥じた。瑞輝はできれば神事はやりたくなかったし、神と対峙だってしたくなかった。だいたい言葉も常識も通じない相手と二人っきりってのは気まずいもんだ。いつも戸惑い、決定打のないままに終わる。それが辛かった。しかしドラマの主人公たちは、それを自分の使命と信じ、持てる力の全てを出して努力していた。俺もそうしなくちゃいけないのかなと、いつも瑞輝は苦しい気分になった。  赤井診療所の赤井泰造にこの話をすると、ヒーローだって嫌な日もあるさ、と笑った。 「今日は乗らないなって日もあるだろうし、変身したくない時もある。彼女とのデートを優先させたいこともあるだろうよ。もう冒険はこりごりだって思ってる奴もいるわけ」  泰造は見て来たように話した。 「医者でもそうさ。こんなことで医者に来るなよって思う患者もいれば、もっと早く来いよって思う患者もいる。そんなこと言ったら商売上がったりだから笑顔で応じるけどよ。おまえも黒岩神社に世話になってる以上、そこは仕事と割り切ってだな、そこそこうまくやってればいいんじゃないの? あのヒーローたちだってさ、全力かどうか怪しいもんだよ。裏で怪獣と話を合わせてるかもしれないだろう?」  泰造はそういう奴だった。瑞輝は赤井診療所にお菓子を食べに来ているのか、気持ちを軽くしてもらいに来ているのか、自分でもよくわからなかった。とにかく相談しやすいのは確かだし、なぜか泰造には何でも素直に悩みを打ち明けられた。晋太郎が悪いわけではない。晋太郎は家族であり、泰造は他人なのだ。 「冒険や戦闘ものだってな、うまくやってるとこだけチョイスしてみんなに自慢しているんだ。まずいところを放送するわけがないだろう? 主人公が失敗して泣いてる映像なんて本人が見せたくないだろうからな。怪獣が勝つこともあれば、洞窟で死んでる主人公もいるわけだ。そういう弱者、敗者のは無視して、勝った奴だけのを放送してるから、おまえみたいなのが勘違いするんだ。全員ががんばって成功してるし、やればできる!なんてな。勝つ奴がいるなら、同じだけ負けてる奴がいるんだよ。冒険にだって一人で成功してるんじゃない。失敗した多くの知恵が積もって、やっと成功するんだ。なんでも一生懸命やれば叶うってもんじゃない。おまえも俺も、そういうことは実感として知ってるだろうが」  泰造は少し前に、小さい患者を亡くしたばっかりだった。インフルエンザから肺炎になり、大学病院に搬送したけど良くならなかった。 「人間、目の前のできることをやるだけで、使命なんて思っちゃいけない。俺はおまえのことは嫌いだが、おまえの偉いところは一つある。失敗しても腐らないところだ。俺はおまえを見て、医者をやめないでいようと思う」  瑞輝は驚いたが嬉しかった。自分が誰かの支えに少しでもなれるとは思ってもいなかったからだ。 「でも宝くじ一等が当たったら、医者はやめる」  泰造はコーヒーを飲みながら断言した。    ライオンみたいな野犬に追われ、のど元を食いちぎられて目を開くと、びっしょりと汗をかいて赤土の地面に倒れていた。しかも腹の上にどでかい岩が乗っかっている。  まだ幻覚の中かよ。  横を見ると、無数の蛇がニョロニョロと首をもたげている。  瑞輝はどこまで続くんだろうと息をついた。腕に足に首に、蛇が巻き付いて血や息が止まる。苦しくなってもがくが、岩が乗っていて動けない。視界が暗くなり、意識が遠のく。    よくバリエーションがあるものだなと思うぐらい、いろいろな危機的状況に陥り、結局何度も臨死体験をしたせいで瑞輝は体も心もぐったりと疲れていた。波の音がする。体を起こすと、小さなボートに乗っていて見渡す限り海だ。海は好きだが、これは…。  嵐だった。小舟は波に翻弄されて大きく揺れる。水は入って来るし、揺れるし。気持ち悪い。  うげぇ。海に胃液を吐き出す。そのまま高い波が来てドボンと海に落ちた。  ああ、そうだろうよ。溺れるんだよ。そんで死んで、また別のヤツが待ってんだろ。  グイと襟元を掴まれた。  何だ。今までのパターンと違うじゃないか。瑞輝は水面を見上げた。まぶしい光に目を閉じる。 「入間君、しっかりしなよ」  気の抜けた伊藤の声がする。パチンと頬を叩かれた。  瑞輝は目を開き、山の風景を見た。風が吹いている。さっきまでの閉塞感とは違う。 「生きてる?」伊藤が聞く。  瑞輝は指を動かしてみた。ピクリと動く。腕も動く。足も動く。ゆっくりと体をひねって上体を起こした。体が半分に切れてないかとビクビクしながら見たが、ちゃんとくっついていた。首もつながってる。 「生きてる」瑞輝は自分に確認しながら言った。良かった。やっと終わったんだな。 「ひどい格好してるよ。神様と戦ったの?」  いや…。瑞輝は考えた。「もてあそばれた、というか」  伊藤は笑った。瑞輝は辺りを見た。どう見ても最初にいた場所じゃない。別の場所だ。 「ここ、どこすか」瑞輝は自分の手や腕を見た。あちこちに傷がついている。 「ここはねぇ、万来門」 「バンライ? 出口って意味ですか?」 「違うよ。たくさん人が来るっていう意味だよ。君が出て来た門によって、吉凶を占うんだ」  瑞輝は少し考えた。「ってことは他にも門が?」 「君にしては察しがいいじゃないの。そうだよ、いくつか門がある。今後五十年の方向性を占う神事だから、かなーり重要な役目なんだよ。お務め、ご苦労さま」  伊藤にねぎらわれたのなんて生まれて初めてなので瑞輝はこれも幻じゃないかと思った。 「眠い。喉乾いた。腹減った」 「どれが一番?」伊藤が聞く。 「水」と言いながら瑞輝は目を閉じた。 「答えを間違ってる」伊藤は鼻で笑った。
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