■ 日曜日 2 ■

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 目が覚めると、もう山ではなかった。どうやって運ばれたのかも覚えてない。ズリズリ引きずり下ろされたんじゃないだろうか。とにかく室内だった。蚊帳の中で、扇風機が回っている。  瑞輝は体にかかっていたタオル地の布を畳み、蚊帳の外に出た。ちょっとまだ頭がクラクラする。襖を開き、廊下に出てみると、奥の方から酒を酌み交わすような陽気な声が聞こえて来た。壁に手をつきながら、そっちへ行く。  喉が乾いたし、腹も減ってる。  賑やかな声のする部屋の襖を開くと、そこはしんと静まった和室だった。青っぽい畳が見えるだけ。  瑞輝は首をひねった。声がしたと思ったんだけど。  襖を閉める。またその部屋から騒がしい声がした。瑞輝は息をついた。まだ幻覚の世界にいるのかもしれない。頭痛いし、体はきしむし、喉は乾いてるし、腹は減ってる。 「伊藤さん」  瑞輝は屋敷の中で呼んでみた。しんとしている。  だんだん怖くなってくる。瑞輝はもう一度、大声で伊藤を呼んだ。  ついでに外側につながる襖を探して勢い良く開いた。  ゴォと風が鳴って瑞輝に襲いかかった。瑞輝は尻餅をつき、外を見た。  世界が壊れてる。地面にひびが入り、木が倒れている。屋根瓦が落ちて火事が出ている。至るところががれきの山だった。埃っぽい風が空を埋め尽くしている。  向こうから水道管でも破裂したのか、水がチョロチョロと流れてきていた。流れは瑞輝のいる屋敷の縁の下へと続いて行く。  ゴミをあさっているのか、カラスがバサバサと飛んでいた。一羽がこっちに近づいてきて、瑞輝が開いた開口部から屋敷の中に入って来る。ばさりと羽音がして、瑞輝は足元が崩れるのを見た。床の板が割れ、地面に落とされる。その地面も割れ、水のしみ込んだ地層へ飲み込まれる。  もがいて手を伸ばしたが、届いた地面も崩れて行く。  背中をドンと突かれて、沈みが止まった。そのままどんどん浮上する。空まで突き上げられて、そこでふと背中のつっかえがなくなった。また落ちる。ジェットコースターよりひどい。ブンブンと横揺れもする。 「入間君」  伊藤の声がして、瑞輝は我に返った。吐き気がする。寝かされていたらしい布団の上に辛うじて残っていた胃液を出して息をつく。服が絞れそうなほど汗だくだった。ひどい夢だった。 「飲める?」伊藤がグラスを出した。  瑞輝はその水を一気に飲んだ。まだ頭痛も吐き気も残っている。 「大丈夫かい? 顔色がものすごく悪いけど」  伊藤が言って、村役場の人が汚れた布団を部屋から運び出してくれた。蚊帳がある。扇風機も回っている。 「これは現実?」瑞輝は伊藤に聞いた。 「そんなこと知らないよ」伊藤は肩をすくめた。「少なくとも僕にとっては現実のつもりだけど」  瑞輝は大きく肩で息をした。もう嫌だ。幻覚に襲われるのは終わりにしたい。  伊藤は枕元に置いてあった盆を引き寄せた。赤飯や焼き魚、天ぷらや煮物が乗っている。 「村長夫人が作ってくれた。食べるかい?」  瑞輝はうなずいた。食べ物を見た途端、恐怖はどこかに行って、食欲がぐいと出て来た。  瑞輝が食べていると、村長と神事のとりまとめ役の村営議会の議長とかいう人が部屋にやってきた。このたびの神事ではお世話になり…と一通りの挨拶をする。ホント、ひどい目に遭いましたよ、という顔をしたら伊藤に睨まれた。
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