■ 土曜日 ■

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 瑞輝は藤崎をじっと見た。 「先生もそう思う?」  藤崎は問い返されると思っていなかったので、戸惑った。 「そうだな、ちょっと上の空って感じはしたかな。何かあったのか?」 「別に。十七になったっていうだけ」そう言って瑞輝はため息をついた。 「そりゃおめでとう」藤崎は言った。十七になったっていうだけ、には見えないが。 「いろいろあってさ、古い家ってのは。面倒臭ぇしきたりとか多くてよ。普通は誕生日の前と後って違わないだろ?」 「まぁな、ゼロ歳と成人する以外はな」  瑞輝は藤崎の言葉を一旦確かめて、頭の中で考え、それからうなずいた。藤崎は苦笑いする。瑞輝はよくこういう間を置く。以前は慣れなくて会話のテンポがつかめなかったものだが、今ではそのタイミングもわかるようになってきた。 「俺の場合は、十七で区切りがあったんだよ。そんでいろいろ面倒なことが。疲れてんだよ」  藤崎は本当にうんざりしている横顔の瑞輝を見て笑った。本気にしていないのではない。本当に大変なんだろうなと思うからだ。入間瑞輝の家は伊吹山という昔から霊山と言われる山の頂上にある黒岩神社という神社だ。藤崎は彼の地元の人間ではないのでよく知らないが、どうやら彼はその神社だけでなく、各地から依頼を受けていろいろな神事に特別出演しているのだという。それが彼の言う『仕事』だ。その神社のしきたりで十七歳が一つの区切りなのだとしたら、彼の憂鬱もわからなくもない。 「大変だな、旧家の人間ってのは」 「そうなんだよ、どいつもこいつも偉そうにしやがって」 「よくわからんが、同情するよ。剣道部引率してなかったら、一杯おごってやるところなんだがな」 「もうもらったからいいよ」  瑞輝はジュースを藤崎に見せた。藤崎はうなずく。いい奴なんだけどな。  藤崎せんせー、とどこかから呼ぶ声がする。 「呼んでるよ」  瑞輝が言って、藤崎は首を回して自分の引率してきた生徒たちを見た。そして彼らに手を挙げる。 「あの人、体がちょっと傾いてるね。肩、傷めてる?」  瑞輝が生徒を見ながら言って、藤崎は驚いて瑞輝を見た。「そんなちょっと見ただけでわかるのか?」  瑞輝はかすかに首をかしげた。肯定も否定もしない。 「すごいな、おまえ」藤崎は心から感嘆して言った。 「龍憑きだからな」  興味なさそうに瑞輝が言ってジュースをゴクリと飲んだ。 「じゃぁ気をつけて帰れよ」藤崎は瑞輝の肩をポンと軽く叩いた。瑞輝はそれに応えることもなく、眼下の試合を熱心に見下ろしていた。傍目に見ると、今試合をしている選手の関係者かとも思えるほどに。しかし藤崎は知っている。入間瑞輝は試合を見ているのではない。彼は試合場に流れている『風』を見ているのだ。その証拠に、彼は剣が動くよりほんのわずか早く視線を動かす。まるで選手の動きを先に読んでいるかのようだ。  藤崎は今でも時々迷う。彼を一年生の時に剣道部に誘った方が良かったのではないかと。そうすれば、あの子は今この会場の有名人であったかもしれず、高校生の部で優勝していたかもしれない。同時に藤崎はそれを否定する。あの子の剣は厄を斬る剣として仕込まれたもの。人に向ければ殺傷能力が高いことも見ればわかる。そしてそれは彼には今でも必要で、これからも必要だとわかっているのだから奪う事はできない。
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