■ 火曜日 2 ■

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 オオグスっての見に行こうかなぁと瑞輝はぼんやり考えていた。オオグスって何だろう。桜がどうのって言っていたから、たぶん木の仲間なんだろう。てか、木だな。倒すって言ってたな。大きなグスって木か。グスって何だ。なんか泣いてるみたいな名前だな。泣き虫の木か。うへぇ気味悪ぃ。夜中になったら泣くとかか。そりゃ切った方がいい。  今日はこの前キャンセルになった山本氏が来る予定だった。オオグスなんて見に行ってたら約束の時間に間に合わない。遅刻したら、あの様子じゃ怒りっぽそうだしな。伊藤さんの紹介だって言うし、伊藤さんみたいに暴力的だったら嫌だし。  よし、今日はオオグスはやめておこう。  瑞輝はそう決めて、校門を出た。周りの生徒はバイトに急いでいたり、ゲームや遊びに行く場所の話をしている。そんな中で歩いているとき、瑞輝はちょっと自分もアルバイトをしたいなと思ったりもする。ケーキ屋とかドーナツ屋でバイトをして、夜に売れ残りをもらったりして。すんげぇ楽しそうじゃねぇか、クソ。ゲームはルールがよくわからないからそれほど興味はないが、漫画喫茶はまた行きたいなぁと思う。前に泰造と行った事がある。面白かった。  生徒たちが多く歩く校門前の道を過ぎると、左折して真っ直ぐに南へ下る。金剛寺の角で右折すると直進で伊吹山にぶつかる。手前に踏切があって、そこで曲がると駅へ、直進すると伊吹山の麓に着く。麓の入口には古い鳥居があって、アスファルトで舗装されたきちんとした坂道が上へ続いている。  自転車を金剛寺に置いたままなので、徒歩一時間。伊吹山を登っていく必要がある。慣れてるといえば慣れている。小学生の頃から徒歩通学だ。中学の途中で自転車を買ったが、それでもしょっちゅう歩いてこの山を上り下りした。  しかし今日はラッキーだった。伊吹山のちょうど半分ぐらいまで来た時に、後ろからクラクションを鳴らされ、振り返ると変わった平べったい灰色の車が横に止まった。 「乗ってくか? 歩く方が好きか?」  山本は今日はラフなアロハシャツ姿だった。 「乗せてください」瑞輝は素直に言った。 「おや、意外と素直だな」山本は右の助手席ドアを開いた。  瑞輝は助手席に座り、ラッキーとつぶやいた。 「昨日は大変だったって?」山本は少々荒っぽい運転をしながら言った。「若いから遊ばれたらしいな。さすがに半日じゃ復活できなかったか。あの山は普通の例祭でも大変みたいだからな。例祭で役をやった家は、その一年は家内平穏で幸せに暮らせるって話だけど、役をやった本人は三日ほど寝込むって言う」 「へぇ。そんなこと伊藤さん、何も言ってなかった」瑞輝はムスッとして前を見た。 「言ったらおまえが嫌がると思ったんじゃないか?」 「嫌がってもどうせやんなきゃいけないんだから、教えてくれたらいいんですよ」  はははと山本は笑った。 「今日はちょうど良かったよ。いつもよりはちょっとは弱ってるだろう? おまえはコントロール力が弱いんだから、こういう時に頑張っておくといい」 「弱ってるときに頑張るといいんすか?」 「うーん、たぶんな。俺の勘だ。ところで俺の事は、山本先生って呼べ」 「はい…?」 「伊藤のことは呼び捨てでいいんだよ、あんな奴は」  山本は嬉しそうに言った。  ふーん。瑞輝は頬杖をついた。伊藤さんと山本センセはライバルってことか。  山本はふんふんと鼻歌を歌ってハンドルを気持ち良く握っている。  軽さは一緒だなと瑞輝は思った。
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