■ 火曜日 2 ■

5/8
前へ
/165ページ
次へ
「さて、じゃぁ組んでみるか。剣がいいか? 組み手がいいか?」  山本は両手を組み合わせて、ニコニコしながら言った。  瑞輝はジャージに着替えてスニーカーで本殿の裏横の空き地に立つ。その横では晋太郎の家が建築中で、棟梁と三人の大工が働いている。昨日は壁に防水とか防音とか何とかシートがどうのって話をしていた。けっこう家らしくなってきた。 「剣、持ってないし」瑞輝は辺りを見た。「そういうのやるなら、金剛寺の武道場借りたら良かったんじゃないですか?」 「バーカ。おまえが壊すだろ、危険だ。外ならまだマシだろうけど」 「壊しませんよ。今までも壊した事ないし」 「今からやるのは、今までと同じことだとでも思ってるのか?」  山本は大きな目で瑞輝を睨んだ。ついでにグイと手を伸ばして、瑞輝の首を掴む。 「生意気言ってると、息の根止めるぞ、ガキ」  伊藤さんと一緒だ。瑞輝は息を飲んだ。乱暴者ばっかりだ。 「じゃぁ、組み手な」  パッと手を離して、山本は笑顔に戻った。瑞輝は首をさすった。 「いいか、坊主、まずは半分の目盛りを刻め。ゼロか百じゃなく、五十を出す。おそらく、俺がフルパワーで行ったら、おまえは俺よりタッパもウエイトもパワーもないから、付加価値に頼らざるを得んだろう。でも俺に怪我をさせないようにと思うと、龍気はゼロにしてしまうはずだ。そのコックをちょいと開け。やりすぎると俺が死ぬぞ。俺を殺したら、承知しないからな」  瑞輝は眉間にしわを寄せた。意味わかんないし。 「でもいつまでもゼロのままだと、今度はおまえがキツいぞ。明日も寝込むかもしれない」  それはマズい。瑞輝は山本を見た。 「いきなり実戦ですか? イメトレとかなし?」 「そんなもんが意味ないことは、金剛寺で証明済みだろう。おまえみたいなバカは実戦でしか学習できないんだよ!」山本は言い終えるなり、瑞輝にパンチを繰り出した。  辛うじてそれは避ける。  瑞輝は続いて繰り出される攻撃を何とか避ける。 「逃げてばかりだと足場の悪いところに追い込まれるぞ」  山本の忠告通り、瑞輝は材木の積んである方へ追い込まれつつあった。  攻撃ね、攻撃。相手を止める程度の、適度な攻撃。  瑞輝が山本のパンチを繰り出した腕を掴もうとすると、山本に反対に掴まれて背中にねじりあげられた。 「何を怖がってる? 俺を殺す事か?」  瑞輝は腕を解放されて座り込み、山本を見た。悔しいが言葉が出て来ない。 「考えるな。とにかく体を動かせ。頭で理解するもんじゃない」  山本はそう言って、ニッと笑った。 「ほら立て」  瑞輝は唇を噛んで立ち上がる。 「良し来い」山本は指を立ててクイクイと瑞輝を招いた。  何だ、ありゃぁ。ケンカでもなさそうだし。  大工の棟梁は足場の上から瑞輝と山本を見ながら思った。  神社の兄ちゃんが、ガタイのデカイのと真剣な顔してケンカしてる。  しかし止めるつもりは全くなかった。棟梁が見る限り、そこにはゆるやかなルールがあるようだったし、双方はそれを互いに理解してやりあっているように見えた。そしてガタイのデカイ方が、神社の兄ちゃんにレベルを合わせてやっているようなのもわかる。気持ちのいいケンカだ。  昔はこういうケンカもよく見たものだ。棟梁は目を細めた。  第一、やられる一方の神社の兄ちゃんの目がキラッキラしてらぁ。ありゃぁきっと楽しいんだ。
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加