■ 火曜日 2 ■

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「きっと神社からは出られないし、龍清会が他の仕事をさせないぞって言ったら、ものすごくガッカリしてたな」 「言ったんですね」黒田は本心から瑞輝に同情した。そんなことは黒田もわかっているが、触れないように注意してきた。しかし伊藤はこの山本と同じようにあっさりと告げてそうだ。 「サンタクロースはいないって子どもに言ったみたいな目をするな」山本は笑う。それから少し真面目な顔に戻って黒田を見た。「だから高校生の間にやっておけって言ったんだ。遊べるのは学生の間だけだってな」 「でも…」黒田は考えた。彼には時間もチャンスもない。アルバイトをする暇が仮にできたとしても、月に一度か二度だけ雇うなんて雇用先があるとは思えない。 「あの坊主のクライアントは大企業の会長とか、立派な政治家だろう? そういうのが黄龍様ってペコペコしながら頼って来るんだろうが。今年の吉凶を見てくださいみたいなことで」 「ペコペコ…はしてませんけどね。入間君が相手を同級生だと勘違いしてるだけで」  山本は笑った。「何にせよ、そういうコネがあるんだから、使ったらいいんだよ。伊藤は嫌がるだろうが、俺は伊藤が嫌がることをするのが大好きだ。そういうクライアントに話を通して、末端のショップで一日バイトをさせてくれって言っても、向こうは迷惑のメの字も思ってないさ」 「って言ったんですね」 「言った。最初は信じてなかったけどな」 「最後は?」 「ニヤニヤしてたな」そう言う山本もニヤニヤした。きっと伊藤氏の嫌がる顔を思い浮かべているのだろうと黒田は思った。  しかし入間君にとっては悪い話じゃないなとも思った。さまざまな経験を積むことで、少しは物事の理解が早まるかもしれない。何と言っても、彼は理論よりは実践で学ぶ方だ。九九だって箱詰めで理解するかもしれない。 「あの坊主、意外と素朴でかわいいよな。やっぱああいう田舎で育ってるせいかな。ちょっと嘘つくと何でも信じそうだ。怖くて嘘がつけん。ありゃ、ある意味、最強だな」 「いい人には、です」黒田は眉を上げて山本を見た。「悪意のある人に、あるいは腹に別の意図を持った人に、すぐ拐かされるんです!」  山本は黒田の剣幕に少し身を引いた。何だ何だ。カドワカサレル、なんてよく噛まずに言えるな。 「去年だって彼は、新興宗教を興そうって話に乗せられかけたし、実の親にもうまく利用されかけてたし。あんなのはっ」バンと黒田はテーブルを叩いた。山本はぴくりと背筋を正す。「いつまでもこのまま素朴じゃいけないんですっ」 「黒ちゃん、酔ってきたね」山本は笑った。「そうか、確かにそういう危うさを持ってるねぇ。力があるだけに利用されやすいと困るってことか。しかし新興宗教とは。笑えるねぇ」 「笑い事じゃありませんっ」 「はい」山本はうなずいた。怒り上戸ってヤツか?「それなら余計に社会勉強はした方がいいんじゃないか?」  黒田は落ち着いてきてうなずいた。「そうですね」 「賢くなった入間君が無邪気に神と語り合うかどうかってのは謎だけどな」 「それは困ります!」 「大丈夫だって、そんなには賢くならんだろ、社会勉強ぐらいじゃ」 「それも困ります…」黒田はしょんぼりした。自分でも彼をどうしたいのかわからない。頭を抱えて悩む。 「いい奴だなぁ、黒ちゃんは。この世でそんなにあの子の学力向上を願ってくれてる先生はいないんじゃないかな」 「ありがとうございます」黒田は山本を見てその手を握った。「僕の努力をわかってくれるのは山本さんだけです。きっと山本さんもご苦労されると思いますが、一緒に頑張りましょう」  熱く手を握られて、山本は苦笑いした。そうか、苦労するのか、俺。 「ま、飲もう」  山本はそう言って、黒田の手をさりげなくほどいた。
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