■ 土曜日 ■

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 本人がそれを生まれつき定められた運命と認め、枠の中で楽しくゲームする事に興味はないと言っているのだから仕方ない。彼はその一般人が入れない世界ではかなり実力があるようだし、あちこちに呼ばれるというのは優秀な証拠なのだろうから。  龍憑き、と地元では忌み嫌われる場面も少なくないようだが、たまに見せる横顔は十七歳の少年そのもので藤崎をホッとさせた。今日もジュース片手に剣道の試合を見ている姿は、スタジアムで野球選手を見ている子どもそっくりで、藤崎は声をかけずにその場を去った。  瑞輝は藤崎が生徒たちを連れて帰ってからも、しばらく試合を見ていた。バス停なんかで会うと面倒だから、時間差で帰ろうと思っていただけなのだが、気がつくと大会の全試合が終わっていて表彰式と片付けまで見守ってしまった。  五時を過ぎていて、瑞輝はしまったと思った。今日は金剛寺で稽古をつけてもらう予定だったのに。あのクソ住職が怒ってんじゃないかな。遅刻とは何だ、精神がなまっとる、とか言ってしばかれる。  走ってロビーを飛び出し、前庭の真っ直ぐな石畳を駆ける。そしてさっきアイスの棒で印をつけた石のところで曲がり、社に向かう。何の神様だか知らないが、退去の挨拶をしておこうと思って立ち止まり、瑞輝は息をついた。二回お辞儀をしてから、パチパチと両手を合わせ、目を閉じて拝む。  えーと、なんの神様だっけ。瑞輝は片目を開いて社をチラリと覗いた。 『那維之神』  なんて読むんだ、これ。わかんね。けど、祟りがありませんよーに。  瑞輝はポケットから小銭を出して、賽銭箱がなかったので社の扉の前に百円玉を置く。じゃなくて十円玉にしようかなと思って百円玉をもう一度取ろうとして、後ろに人の気配を感じて飛び退いた。ゴルフクラブがガシンと社に当たり、社の三角屋根が欠ける。 「うわ。やべっ」何の神様か知らねぇけどお社壊したら怒られるぞ。瑞輝はクラブを振り下ろした相手を見た。ハゲ頭のセンター長だ。「何してんだよ、あんた」  野口は真っ青な顔になってゴルフクラブから手を離した。 「あ、あ、賽銭泥棒かと…思って…」 「賽銭箱なんかねぇじゃねぇか」瑞輝は社を指差した。ボロボロの社は屋根を壊されて、さらにみすぼらしくなっている。移転ついでに新築すりゃ良かったのにと瑞輝は思った。  ぐっと声に詰まった野口は青から赤に顔色を変えた。 「う、うるさい!」センター長は地面に落ちていたゴルフクラブを握り直すと、ブンと振り上げた。  いきなり何すんだ、この野郎。瑞輝はクラブを避けて後ろに下がった。 「言っとくけどな、俺は黒岩神社の龍憑きって…」  ブンブンとゴルフクラブが振り回される。瑞輝は反撃してオッサンを乱暴に取り押さえたりしたら、クソ坊主やクソ宮司が怒るんだろうなとチラリと思う。チッ面倒臭ぇ。  瑞輝はふと後ろを振り返った。前にハゲ頭がいるはずなのに、後ろから気配を感じたからだ。誰かいるのは確かだったが、視線を泳がせた途端に側頭部をグルフクラブで殴られて地面にぶっ倒れた。
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