■ 土曜日 ■

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 倒れる前も星が見えた気がしたが、目覚めた後も星が見えた。月も見える。中途半端な太り具合の月だ。雲はかかっておらず、クッキリきれいに見える。夜だ。時間はわからない。とにかく夜だ。  瑞輝は上体を起こし、ガンガンする頭を押さえた。きれいにこめかみを殴られたようだ。耳の上が切れていて腫れ上がっていた。土の上に胡座をかき、瑞輝は辺りを見た。場所は変わらずスポーツセンターの前庭の外れで、何とかって神様の社前。外灯もないので月明かりだけが頼りだ。少し離れたところに、あのハゲ頭のセンター長らしき人影が伸びていた。  あのオッサンも殴られたのか。あれ? 俺はあのオッサンに殴られたんじゃないのか。  瑞輝は四つ這いで野口のところへ行った。彼はうつぶせに倒れており、瑞輝は揺り起こそうとして手を止め、ポケットに入っているはずの携帯電話を探った。なかったので、倒れていた辺りの地面を探した。ようやく見つけて画面を見ると、時計は九時を過ぎており、着信が何件も入っていた。クソ坊主とクソ宮司が交代でかけてきてる。瑞輝は息をついて、とりあえず宮司に折り返す。 「どこで何してる」  つながった途端に、義兄の晋太郎は静かに言った。  怖ぇよ。瑞輝は唾を飲み込んだ。怒ってるときは、怒鳴ってくれよ。 「ごめん。ちょっと事故っていうか…」 「事故?」電話の向こうで晋太郎はきっと眉間にしわを寄せている。 「事故っていうか、殴られて倒れてたみたいなんだよ。それで、隣でセンター長が倒れてて」  晋太郎は無言になる。瑞輝はじっと晋太郎が何か言うのを待った。 「息は?」晋太郎は緊張した声で言った。 「息? あ…息はしてるみたいだ」 「じゃぁ救急を呼べ」 「わかった。あ…でも俺がいると犯人だと思われて逮捕されるかも」 「バカか、おまえは。どこにいる?」 「スポーツセンター。の、庭。芝生の端っこ。何とかって神様のお社がある」 「いいか。よく聞け。今から救急と警察に通報するから、おまえはその場所で待ってろ。動くな。何も触るな」 「触ってねぇよ」 「これからも触るな」晋太郎はため息をついた。「たぶん、警官に心ない事も言われるだろうが、カッカするな。犯人扱いされても、決して憎まれ口を叩いたりするんじゃないぞ」  それは保証できねぇな。瑞輝はそう思ったので黙っていた。  その無言を晋太郎は正確に理解して大きな息をついた。 「とにかく、すぐ俺も行くから」 「着いた時には俺は刑務所かもしれねぇぞ」 「大丈夫だ」  晋太郎は電話を切った。瑞輝は携帯電話をポケットに戻した。  向こうの方に道路の外灯と、車のライトが流れているのが見えた。信号らしき光も見える。スポーツセンターはコンクリートの壁を魅力的に見せるための照明デザインになっている。前庭の真ん中の通路にポツポツと地面に埋め込まれたライトがあって、周りの芝生が真っ暗なので一筋の道になって見えた。  瑞輝がいる社の近くには光はなかった。携帯電話をしまってしまうと、人工光はなくなり、草影が月明かりに見えた。小さなバッタのような虫が草間を飛んで行った。本当に微風だが少し風があった。瑞輝は社を囲うように植えられている若い木を見上げた。大きくなったときのために、幅を取って植えられている。瑞輝はその若い木の幹にもたれ、パトカーがサイレンを鳴らして近づいてくる音を聞いた。
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