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章吾は腕組みをして、空を見た。「俺、もう帰る。おまえの相手してらんねぇ。親父に怒られる」
瑞輝は運転席に戻ろうとする章吾の服を掴んだ。
「センパイ、何か隠してるだろ」
「おまえはそういうとこだけ、鋭くならなくていいんだよ」
「教えてくださいってば」
瑞輝は章吾をしっかり掴んで離さない。
章吾はじっと横に目を反らしていたが、おそらくこの後輩は意地でも手を離さないだろうと思った。
「入間、絶対に怒るなよ」
瑞輝はうなずく。「怒らない。俺は滅多なことで怒らないっすよ」
「それは知ってる。でもそういう奴が怒ったら怖いんだよ」章吾は瑞輝を見た。
「怒りません」
「ユアちゃんのことも怒るな」
「…怒りません」
「迷ったろ、今」章吾は息をついた。怪しいな。
「いや、迷ったんじゃなくて、意味を考えてた。なんで俺がユアを怒らなくちゃいけないんだ」
「女子ってのは、そういう生き物なんだ」
「だから、何が?」
「先月ユアちゃんと本屋で会ったわけだ。俺は漫画買いに行ったんだけどな」
「センパイのことはどうでもいいよ」
「てめぇ、教えないぞ」
「すみません」
素直な瑞輝に、章吾は笑った。
「カフェスイーツの本とか見てるから、家業のために頑張ってんだなと声をかけたわけだ。相変わらず可愛いな、彼女。そしたらケーキを作ろうと思ってって言ってた」
「はぁ。めちゃくちゃ普通の話ですね」瑞輝は期待したものが見つからなくてがっかりした。
「そうだな」章吾は瑞輝を見て肩をすくめた。「本当はこんなの作りたいけど難しくってって、なんか店で売ってるみたいなケーキを憧れの目で見てたな」
「そんなの簡単にできたら、ケーキ屋いらねぇじゃん」
「だから俺も『はじめてさんの簡単ケーキづくり』を勧めたんだよ。こんなのからやったらいいんじゃねぇかって」
「へぇ、そりゃ当然だ」
「おまえ、誕生日だったんだろ、先月」
「うん」
「ユアちゃんは、おまえに作ってやろうと思ったんだよ。でもスポンジケーキが自分で合格レベルにならなくて、誕生日には渡さなかったってさ。泣ける話だよ。俺はその『はじめてさんの簡単ケーキづくり』を奢ってやったんだよ。遅れてもいいから、絶対に食わせてやれって。それをてめぇがぶっつぶしてどうするんだ、大バカ野郎」
章吾はまた瑞輝を叩いた。
「謝っておけ」
章吾はそう言って、運転席に入った。瑞輝はじっと見ているだけで止めなかった。
「ユアちゃんを泣かせたら、俺が轢き殺すぞ」
章吾は車をUターンさせてから瑞輝に言った。
瑞輝は押し黙っていたが、走り出してからバックミラーで見ると、車に向けて中指を立てていた。章吾は車の中で一人でゲラゲラと笑った。
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