■ 木曜日 2 ■

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 章吾は腕組みをして、空を見た。「俺、もう帰る。おまえの相手してらんねぇ。親父に怒られる」  瑞輝は運転席に戻ろうとする章吾の服を掴んだ。 「センパイ、何か隠してるだろ」 「おまえはそういうとこだけ、鋭くならなくていいんだよ」 「教えてくださいってば」  瑞輝は章吾をしっかり掴んで離さない。  章吾はじっと横に目を反らしていたが、おそらくこの後輩は意地でも手を離さないだろうと思った。 「入間、絶対に怒るなよ」  瑞輝はうなずく。「怒らない。俺は滅多なことで怒らないっすよ」 「それは知ってる。でもそういう奴が怒ったら怖いんだよ」章吾は瑞輝を見た。 「怒りません」 「ユアちゃんのことも怒るな」 「…怒りません」 「迷ったろ、今」章吾は息をついた。怪しいな。 「いや、迷ったんじゃなくて、意味を考えてた。なんで俺がユアを怒らなくちゃいけないんだ」 「女子ってのは、そういう生き物なんだ」 「だから、何が?」 「先月ユアちゃんと本屋で会ったわけだ。俺は漫画買いに行ったんだけどな」 「センパイのことはどうでもいいよ」 「てめぇ、教えないぞ」 「すみません」  素直な瑞輝に、章吾は笑った。 「カフェスイーツの本とか見てるから、家業のために頑張ってんだなと声をかけたわけだ。相変わらず可愛いな、彼女。そしたらケーキを作ろうと思ってって言ってた」 「はぁ。めちゃくちゃ普通の話ですね」瑞輝は期待したものが見つからなくてがっかりした。 「そうだな」章吾は瑞輝を見て肩をすくめた。「本当はこんなの作りたいけど難しくってって、なんか店で売ってるみたいなケーキを憧れの目で見てたな」 「そんなの簡単にできたら、ケーキ屋いらねぇじゃん」 「だから俺も『はじめてさんの簡単ケーキづくり』を勧めたんだよ。こんなのからやったらいいんじゃねぇかって」 「へぇ、そりゃ当然だ」 「おまえ、誕生日だったんだろ、先月」 「うん」 「ユアちゃんは、おまえに作ってやろうと思ったんだよ。でもスポンジケーキが自分で合格レベルにならなくて、誕生日には渡さなかったってさ。泣ける話だよ。俺はその『はじめてさんの簡単ケーキづくり』を奢ってやったんだよ。遅れてもいいから、絶対に食わせてやれって。それをてめぇがぶっつぶしてどうするんだ、大バカ野郎」  章吾はまた瑞輝を叩いた。 「謝っておけ」  章吾はそう言って、運転席に入った。瑞輝はじっと見ているだけで止めなかった。 「ユアちゃんを泣かせたら、俺が轢き殺すぞ」  章吾は車をUターンさせてから瑞輝に言った。  瑞輝は押し黙っていたが、走り出してからバックミラーで見ると、車に向けて中指を立てていた。章吾は車の中で一人でゲラゲラと笑った。
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