■ 木曜日 2 ■

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「ユア、保冷剤取って来て。タオルと。頭打ってるから」ユア父が言うので、ユアも慌ててそれらを持って来た。 「大丈夫だって。これぐらいは」瑞輝は仕方なく保冷剤入りのタオルを額に当てて二人を見た。 「頭は油断しちゃいけない」ユア父が言う。「ユア、入間君が逃げないように見ててくれ。入間さんちに電話してくるから」 「ちょ、待って。何て電話するわけ?」瑞輝はユア父を引き止めた。「今も家には金剛寺に忘れ物したって言って来てる。おじさんちから電話がかかってきたら、晋太郎に怒られる」 「なんでそんな嘘を」ユア父は困ったように言った。 「人の頼みを簡単に引き受けちゃいけないって言われてる。本当に大事な依頼だけにしなさいって」  瑞輝はそう言って少しうつむいた。  ユアはピンクのタンクトップの上に半袖シャツを羽織って玄関にやってきていた。 「でもその顔で帰ったら、どっちにしろ何をしたのか聞かれるわよ」 「そうだよ」ユア父もうなずく。 「誤解があったって言うよ。ホントのことだし」瑞輝はユアを見た。今日は髪を一つにまとめている。 「ちょっと休んで行ったら? 自転車で来たの?」 「いや、車でそこまで送ってもらった」 「帰りは?」ユア父が聞く。 「帰りは徒歩で」瑞輝は答えた。歩くのは別に苦ではない。 「車で送るよ」ユア父は当然のように言う。  瑞輝は彼を見て、それから小さく息をついた。 「ご飯は?」ユアが聞いた。「うち、カレーあるけど、食べる?」  瑞輝は首を振った。「帰って食べないと」 「ばあちゃんが泣く、だろ?」ユア父が笑って言った。「ちょっと見せてみなさい。腫れが少しでも引いてたらいいんだけど」 「大丈夫だよ。明日には治る」瑞輝はユア父の手を振り払うようにして一歩下がった。  ユアもユア父も瑞輝の意固地さに呆れるように顔を見合わせた。 「ケーキ、うまかった」  瑞輝は今しか言うチャンスはないと思って、唐突だったが言った。  ユアは少し驚いて、すぐに笑った。「何よ急に」 「ホントはおじさんに聞いて、すんげぇ行きたかったんだけど、あの人形とか池とかで騒ぎになって、そんなときに行くのはマズいかなって思って。迷惑かかるし」  瑞輝はうつむいたまま言った。ユアを見ることなんてできなかった。 「迷惑なんかないわよ」ユアはいつものシャキシャキした声で言った。子どもの頃はよくこの声に怒られた。 「人を殺したって思われてる」 「思ってない」ユアは怒ったような声で言った。 「思ってる人もいる。そんなときに行くと、この家の人も仲間だと思われる」 「仲間でいい」ユア父が言った。瑞輝は朗らかそうな彼を見上げた。 「おじさんはいいけど、ああいう奴らは一番弱いところを突いて来る」  瑞輝が目を上げてユアを見たので、ユアはドキリとした。 「そうか」ユア父は困ったように腕組みをした。「ユアに何かされると困る」 「だろ、だから俺には関わらない方がいい」  瑞輝はそう言って、保冷剤入りのタオルをユア父に突き出した。 「ありがとう。歩いて帰る」  ユアとユア父は瑞輝を見送った。 「バカ瑞輝」ユアは瑞輝の背中につぶやいた。「あいつはいっつもあんな感じ。人の事ばっかり気にしてるの」  ユアは父に言って、家の中に戻った。 「そっか」ユアの父はため息をついて、強引に引き止めなかった自分を悔やんだ。
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