■ 金曜日 2 ■

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 わけわかんねぇ。瑞輝は机に突っ伏して窓の外を見た。今のこの席が気に入っているのは窓際だからだ。  頬が痛い。それよりも胸が痛い。  昼休み、瑞輝は机の上で目を閉じ、窓からの細い風を感じていた。目を開くと中庭の桜が見えた。ため息が出る。何もかもうまくいかない。 「入間君、呼んでくれる」と声がして、瑞輝は顔を上げた。京香が前のドアでじっとこっちを見ていた。  瑞輝は弾かれるように立ち上がった。良し、決着をつけよう。渡瀬チョコはいなかった。友達と別のところで昼飯でも食ってんだろう。 「さっきはごめん」京香は廊下の端でいきなり謝って来た。瑞輝は黙って彼女を見た。 「俺は殴られるようなことをしたんだろ。覚えてなきゃいけないようなことを」  京香は瑞輝をじっと見た。 「何をしたのか教えてほしい。謝るから」  京香はそう言う瑞輝を見てため息をついた。バカみたいに真っ正直みたいなフリして。嘘ばっかり。 「謝らなくていいから、チョコに声をかけないで」 「だからなんで」 「一生わかんなくていい」 「じゃぁ渡瀬さんに直接聞く」 「やめてよ」京香はまた瑞輝を叩きたくなった。が、もちろんもうやらない。さっきだってやってしまった後にものすごく怖くなった。入間君が怒ったらどうしようってものすごく怖かった。  瑞輝もそれを察したようで、一歩後ろに下がった。 「俺もちゃんと考えた。吉野に謝れって言ってから変になった。謝らせたのが悪かったのかな。渡瀬さんが、吉野のこと好きだったとか」 「我慢してるんだけど、叩いていい?」京香は腕組みをして瑞輝を見た。 「嫌だ」瑞輝は顔をしかめた。 「あんたがどうのこうの出来る問題じゃないの。だから腹が立つの。もう放っておいてあげて」 「ちょっと待てよ。頼むよ」瑞輝は京香の腕を掴んだ。「俺が悪いんじゃないってこと?」 「あんたが悪いの。でもどうしようもないの」 「悪いんなら謝るって」 「謝ったらみじめになるだけだから、やめて」  瑞輝は少し考えた。 「つまりは俺が嫌われたんだよな? 何か失礼なことして、もう許してくれないってことだな?」  京香はむすっとして瑞輝を睨んだ。 「そうよっ」  瑞輝は廊下の窓から外を見た。それから京香に視線を戻す。 「わかった」  京香はその落胆した顔を見て、何だかわからなくなってきた。  でもそれ以上は声をかけず、瑞輝は自分のクラスへ、京香も友達のところへ行った。  京香は中庭で友達とおしゃべりをしながらも、瑞輝が珍しく見せた暗い顔を思い出していた。そんなにチョコと仲直りしたいんだったら、もっと最初から優しくしてやれば良かったのに。あんな奴。 「京香」チョコがクラスの子と一緒にやってきた。いつも通りの笑顔だった。みんなでこっそりお菓子を分け合いっこして、チョコがちらりと校舎の方を見るのを見た。窓際の席で瑞輝が中庭を見ていて、チョコはそれきり上を見上げなかった。 「入間君が悪いんじゃないのにね」チョコは昼休みが終わって教室に戻るときに京香に言った。「私が勝手に思い込んで期待して、それでそうじゃなかったからって悲しくなって、避けてるなんて変だよね」  京香は首を振った。「あいつが鈍感すぎるんだよ」 「友達でもいいから、また前みたいにクッキーあげたりしたいな」  チョコが言って、京香は驚いた。「チョコって意外と強いね」 「ええ?」チョコは恥ずかしそうに笑った。「だって好きなのは変えられないもん」 「チョコ」京香は小さいチョコをギュッと抱きしめた。「かわいい。私が男だったら、絶対に好きになる」 「ありがとう」チョコは照れて言った。
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