■ 金曜日 2 ■

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 コンポートは持ち帰りできなかったが、余った梨で作ったジャムは顧問の先生が小さな小瓶を持って来てくれていたので、みんなで分けて持ち帰ることにした。チョコはもう一度家でマカロンを作ってみようかなぁと思って、帰りに駅前ビルにある本屋に立ち寄った。  料理本が置いてある棚の前に来て、見覚えのある制服の男子が熱心に『はじめてさんの簡単ケーキづくり』を読んでいるのを見て驚いた。マカロンの本は彼の目の前にあり、チョコはどうしようか一瞬迷った。ジャムを渡したい、とも思った。でも恥ずかしい。足が自然と別の棚に向いた。 「あ」と背後で声がした。向こうが気づいたようだった。  チョコは思わず止まってしまった。ダメダメ、行っちゃおう。恥ずかしいもん。 「渡瀬さん」と声をかけられて、走り出す機会を失った。ゴソゴソと瑞輝は脇に置いていた紙袋から何かを取り出す。チョコは仕方なくそれを待った。 「俺、今日バイトしたんだよ」  誇らしげに言う瑞輝に、チョコは困惑した。毎日バイトしてるんじゃないの? 「あ、えと神社じゃなくて、パン屋で。そんでコレ。特別価格でもらった。渡瀬さんにはお礼をしなきゃいけないと思ってた」  瑞輝はそう言って袋入りのアーモンドプードルを出した。業務用一キロと書いてある。  チョコはそれを渡されて目を丸くした。 「マカロン、ごめんな。それと、伊瀬谷さんには何も言うなって言われてんだけど、俺が何か傷つけたみたいでごめん。これだけ、もらってくれないかな。もう明日から声かけたりしないから」  チョコはアーモンドプードルを見て、それから笑いがこみ上げて来た。涙が出そう。  瑞輝はチョコの反応がわからず、じっと待っている。  チョコは顔を上げた。「ありがとう。ケーキ、作るの?」  瑞輝はさっき自分が手に持っていた本を見た。 「ああ、これは…いや。俺はこれより先に、計量カップの使い方から教えてもらわないと」 「料理クラブに入ったら教えてもらえるよ」  チョコはアーモンドプードルの袋を赤ん坊のように抱きしめた。  瑞輝は当惑して考えた。嫌われてるんじゃないのか。それともこれは嫌味で言ってんのか? そんな奴じゃないのは知ってる。じゃぁ何だこれは。笑ってる。笑顔だ。怒ってるのか。晋太郎みたいに腹だけ怒ってるんじゃないか? 女子ってのはわかんないから。 「今日はジャムを作ったの。梨のジャム。入間君の家ってパンとか食べる?」  チョコは手提げ鞄に入れていた小瓶を出した。アーモンドプードルがあるので手を伸ばせない。だから数歩近づいて瑞輝の方に出した。 「パンはあんまり食わねぇ。でも今日はパン屋でパンももらってきた」  瑞輝は紙袋を見た。そして小瓶を受け取る。 「じゃぁ良かった。いいタイミングだったね」 「うん」瑞輝はうなずいて、それからチョコを見た。「俺のこと、怒ってんじゃねぇの?」  チョコは微笑んだ。 「ううん、違うの。入間君は関係ないの」 「伊瀬谷さんが…」 「あれは誤解なの」 「誤解でビンタされたのかよ、俺」そう言いながら、瑞輝は笑った。「良かった、俺、渡瀬さんともう一生喋れないと思ってた」  チョコは首を振った。思わず期待しそうになる。違うんだって。入間君は深い意味なんかないんだって。
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