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■ 土曜日 ■
九月にはなったものの、まだまだ気温は夏である。ソーダ味のアイスキャンディーをかじりながら、入間瑞輝は目の前の大きな県立スポーツセンターを見上げる。外国の建築家が設計したとかで、ギリシャ神殿みたいな見かけをしている。誰かが税金の無駄遣いだとか何とか言っていた気がするが、瑞輝にはそういうことはどうでもいい。十数年前にここが更地だった時、入間のじいちゃんと来て、地鎮祭をした記憶がある。瑞輝はまだ四つか五つで、地面にいたミミズや虫と戯れていた記憶しか残ってない。その後、周りに高い塀が作られ、工事が始まり、順調にスポーツセンターは出来た。その開館式にもじいちゃんは呼ばれていたように記憶する。瑞輝も連れて行かれて、真新しいキッズルームというやつで遊んだことを覚えている。
スポーツセンターの前には芝生が広がり、何だか意味のわからない石の彫刻がいくつかと、ぽつんぽつんと桜だか楠だかの広葉樹が植わっている。まだ若い木々なので、それほど大きな木陰を作っているわけではないが、陰のない芝生広場には救いのオアシスとなっている。瑞輝はその一つの木の下に座っていた。
ジャンジャンとクマゼミが鳴いている。アブラゼミの声も混じっている気がするが、瑞輝の自宅がある伊吹山で聞くヒグラシの輪唱のような鳴き声は聞こえない。頭を上げて木のどこに蝉がいるのか見てみるが、チラッと見ただけでは見当たらなかった。真面目に探す気も起こらず、瑞輝はまた視線をアイスキャンディーに戻した。
このスポーツセンターの裏門にトラックが突っ込んだのが二週間前。センター理事が倒れて亡くなったのが一週間前。センター長の奥さんの妹が交通事故に遭ったのが五日前。スポーツセンターで熱中症事故が起こったのが一昨日。理事は九十を過ぎたジイさんなんだから死んでもおかしくないし、この暑い中、スポーツなんてしてりゃ倒れるって話だと瑞輝は思うが黙っている。もちろんだ。心の中で思っていること全部伝えたら、きっと見知らぬ人にまでボコボコにされて伊吹山の麓に捨てられる。センター長が伊吹山の黒岩神社にお祓いをと電話してきたのが昨日。そして瑞輝はビーチサンダルにくたびれたTシャツにジーンズのハーフパンツで、ソーダ味のアイスキャンディを食べている。
バーにくっついた水色の欠片を口に運んで、瑞輝は棒をペロリと舐めた。ポイと芝生に放り投げて行きたいが、そうすると怒られるのがわかっているので口にくわえたまま立ち上がる。
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