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卒業旅行
高校の卒業旅行に友達6人で山間地の温泉に行った。10代女子の選択にしては我ながら年寄りくさい行先だったが、いざ到着してみればいつもと同じ内輪のノリと見知らぬ土地での開放感で満足行く旅だった。
旅行から帰ると、全員がライングループで各々撮影した写真をまとめて投稿し始めた。
1人につき数十〜100枚以上撮影していたので数も膨大で、私はその中からいくつか良さげな写真だけを適当に選んでスマホに保存した。
それでも数が多かったので細かく確認して振り返る時間をとったのはさらに数日後だった。
私は保存した写真の中でも写りの良いものを印刷しようと思い、とりわけ全員が写っているものを1枚ずつ吟味していた。
そのうち、ある1枚を凝視していた時だった。
「んん? なんだろこれ」
それは温泉街の少し外れ、中心を流れる川の上流方面にこじんまりした花畑があってそこで何気なく撮った写真。友達の1人が自撮り棒を伸ばしてぎゅうぎゅう詰めで撮影したので肝心の花畑は頭と頭の間から微かに見えるだけになっていた。
けど問題はそこじゃない。
笑顔で写る私の首に変な粒か点みたいな緑の物が複数付いていた。
植物の種……のようにも見えるが気持ち悪い出来物みたいにも見える。引き出しから手鏡を取って見たが首は至って普通だ。だから撮影時に何かゴミがレンズか首に直接付いていたんだろう。
むしろ何百枚も撮影していれば、おかしな写真の一つや二つくらいあって然るべきだ。
写真全体は良い雰囲気だけに、惜しみながらも印刷用の写真候補から外した。
さらに数日後。
まだ高校生気分が抜けなくて、でも友達達は一人暮らしの準備や後期の試験で忙しく遊びに行けない。
暇を持て余した私はスマホの写真フォルダをダラダラ見返していた。
「あ、」
画面をスライドする指が固まったのは前と同じところだった。
「……もう忘れてた、けどこの写真、なんか……?」
こないだ、私の首がおかしかった写真。変な緑の粒はさっぱり消えていた。
でも不思議の種は増えていた。
粒の変わりに写真に写っていたのは、細く短い緑色っぽい数本の線だった。
しかも首だけじゃなくて顔にも付着していた。
「え……きもちわるっ……」
気にしなければわからないくらい、顔のシミが何かに見える小さな異変。
でも自分の顔に付いていれば不快に思うのは当たり前。
私は画面の【編集】をタッチしてその緑がかった線を全てリタッチして綺麗に消した。
他の5人と比べて自分の顔だけさらに白く綺麗な肌になってしまったが、まぁ仕方ない。
若干モヤモヤが心に生まれたが無視して他の写真を見返した。
翌日、スマホの容量が圧迫されていると警告文がしつこく画面上に出るのでこれを機に写真を整理しようと削除する写真を選び始めた。
次々といらない写真をパソコンに移したり消したりしていくが……気になるのはやっぱりあの写真。
パッと画面に表示される旅行で撮った6人の写真。昨日ゴミを加工で消し去った、私の整いすぎた顔がある――――はずだった。
「きゃっ……!!」
ベッドに放り投げたスマホ。
集合写真に写っていた私にはぶよぶよした体の太い芋虫が這い回っていた。外国のお菓子みたいな毒々しい緑の皮膚と紫色のイボが全身を覆う触るのも躊躇われる何かの幼虫。それが私の顔と身体にベッタリ張り付いている。
しかも、私の顔面や上半身は芋虫に齧られ貪られて、惨殺死体のようだ。
一瞬しか視界に入れていないのに、脳裏に、網膜にこびりついて剥がせない景色。
投げ出したスマホを、なるべく見ないように手だけ伸ばして、手探りで【削除】を連打した。
しばらくしてそろそろ大丈夫かと、顔を向けたら画面には他の写真が表示されていた。
慎重に確認したけどちゃんとあの写真は消去できていた。
私が見たのは幻覚だと自己暗示をかけて布団に潜った。
明け方まで眠れなかった。
さらに次の日。
よせばいいのに、記憶からは消せずに残り続けるあの写真の真偽を確かめなければ気が済まないと思った。
寝不足で思考が定まらないまま、スマホのフォルダを開いた。
昨日整理したおかげで最近の写真以外は全体のフォルダ内から無くなった。
だからこそ『卒業旅行』フォルダが目立つ。
それをタッチした。
半分は予想通り、半分は後悔、昨日完全に消したはずのあの写真が他の数十枚に紛れても、そこに確かに存在していた。
私が笑顔で芋虫に食われている光景がフラッシュバックする。
震えの止まらない人差し指に力を込めて写真のアイコンに触れた。
急速に拡大された写真に既に私の姿は無くなって、残ったのは友達5人と私と置き換わった5つの巨大な蛹だった。
写真を見た直後、鈍っているはずの私の頭が嫌な想像をしてしまった。
残った蛹の数と友人の数。
これが一致するのは、単なる偶然なのか?
それとも知らない方がいい事実を暗示しているのか……?
高校3年間、ずっと仲良し6人組でやってきたが、思い返せば私以外の5人は元は同じ中学出身の同じ部活仲間だった。
違うのは私だけ。
私を食い尽くした有毒の芋虫達は蛹となり、このまま羽化したら、どうなるんだろう。
――――いやだいやだ!これ以上考えるのはやめだ!
頭がもげるそうなほど振り回して眠気と共に負の思考を払い落とす。
友達はみんな良い人だ。
旅行以降会えていないのは色々と進路先の準備で忙しいからに決まっている。返信がなくても既読が付かなくてもおかしいことは何もない。
ピシッ。
突然、何の予兆もなくスマホの画面に放射状のヒビが入った。
ヒビは亀裂になり、亀裂は割れになって液晶はカバーフィルムごと砕けて弾け飛んだ。
飛び散る破片に私は思わず顔を腕で守った。
その隙間からチラリとスマホを覗いた。
穴の空いた画面から、掌ほどの鮮やかな黄緑色の蛾が1匹ずつ順に、5匹が部屋に羽ばたいた。肉眼で見えない細かな鱗粉が宙を舞って窓の光を反射した。
ただただそれを眺めていたら、自分の首筋にヒリヒリとした痒みを感じた。
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