1・『お早うございます』

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1・『お早うございます』

魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな・1 『お早うございます』  校門をくぐると昇降口に着くまでの三十メートルほどが、ちょっとした森の小道みたいなアプローチになっている。 「お早うございます」  門衛のオジサンに、マユはいつものように朝の挨拶。 「おはよう」  自衛隊を定年退職した門衛の田中さんは、きちんと姿勢よく挨拶を返してくれる。  まだ、生活指導の先生が立つのには早い時間なので、マユは機嫌が良い。  一度ちょっとしたことで遅刻寸前に登校したことがある。  コンビニの角を曲がったところから、生活指導の先生たちが、ブタを追い立てるようにセカせているのに出くわしてイヤな思いをした。地獄の番卒だって、もう少し品がある。  それから、マユはかなり余裕をもって登校するようにしている。ブタ扱いもヤだし、つまらないことでキレる自分もヤダし。    アプロ-チを半分ほど行くと、森の方で楽しげな声がした。  それが、沙耶と、里依紗と、知井子であることがすぐに分かった。 「おはよう、なにしてんのよ、そんなとこで?」 「あ……おはよう、マユ」 「おはよう」 「おはよう」  三人は、ちょっとびっくりしたようにマユに挨拶を返してきた。 「なんか、楽しいことでもあったの?」  三人が、互いに顔を見交わした。 「……マユならいっか」  里依紗が言うと沙耶と知井子が頷いて、写メを見せてくれる。 「わあ、カワイイじゃん!」 「でしょでしょ、でしょ!」  里依紗が、感情移入しすぎて、涙目で言う。 「ほんと、こんなにカワユイのにね……」 「カワイソウだよね……」  沙耶と知井子のリアクションも変だ。  写メには、生後五ヶ月ぐらいの赤ちゃん、たぶん女赤ちゃんの笑顔が写っている。 「里依紗の隠し子?」  マユは、バカを言ってみた……いつもならオバカなリアクションが返ってくるのに、やっぱ変だ。 「こ、これ、恵利先生の赤ちゃん……」  里依紗が、声を震わせる。 「恵利先生?」 「マユが転校してくる前に、お産で休んだ先生。マユは知らないよね」 「ほら、これが恵利先生」  唐突に切り替えられた写メには、幸せそうに赤ちゃんをダッコした幸せ満杯の恵利先生が写っていた。  マユは胸が痛んだ……どうしてだろう……聖母子像に似てるから……いいや、違う。これは……。 「清美ちゃんていうの、この赤ちゃん」  やっぱ、女の子だ!  涙が止まらない里依紗に代わって、沙耶が言う。 「恵利先生って病気なんでしょ」  登校する生徒達のさんざめきが一瞬途絶えたような気がした。 「ん? どうして分かったの……?」  知井子が不思議な顔をした。 「あ……なんとなく。だって、とっても嬉しいお話なのに、三人とも涙流したり、悲しそうだったから」 「そ、そうよね、こんな顔してたんじゃね。ワケありだって分かっちゃうよね」 「骨髄性ナントカって病気で、あと二年ほどしか生きられないんだって」 「妊娠中に分かったんだけど、それでも恵利先生は清美ちゃんを産むことにしたんだって」 「中絶すれば、放射線治療とかもできたらしいんだけど……」  里依紗が、また言葉につまった。 「で、やっと心の整理もついたんで、昨日会いに行ったの、三人で」 「先生、清美ちゃんが三歳になるまでは生きてらんないって……」 「でも、心はずっと清美ちゃんといっしょだって」 「この写メ撮ったあと、先生、ポツンと言ってた……せめて、この子があなた達ぐらいになるのを見届けたかった……って」    生活指導の先生達が、校門に向かい始めた。  二年の学年担当の梅崎が、チラリとこちらを見た。 「なにやってんだ、そんなとこで! スマホで変なサイト見てんじゃないだろうな。授業中だったら没収だぞ!」 「始業には、まだ十分あります」  マユは梅崎の命を縮めてやりたい衝動に駆られた。むろん、今のマユには、そんな力はない。  校門に向かう梅崎の背中に、四人で思い切りイーダ! をしてやった。 「その写メ、わたしのに送って」 「いいわよ。ね?」  里依紗は、沙耶と知井子の顔をうかがった。こういうさりげないところで、友だちを大事にする里依紗をマユは好きだ。 「ほい、チョイ待ってね……」  送られてきた写メにちょっと手を加えた。 「送り直すよ……ほい」 「どうかした?」 「@マーク出して、二回押してごらんよ」 「ええ……わあ、なにこれ!?」  里依紗たち三人は、画面に釘付けになった。 「清美ちゃんの十七歳の姿」 「わあ、カワイイ……ってか、美人だよ」 「すごい変換機能がついてんだね……あ、もとの赤ちゃんにもどっちゃった!」  三人は、ちょっぴりしぼんだような顔になった。 「一日一回、十秒間しか見られないの。それと、三回コピーしたらコピーガードがかかっちゃうから、必ず最初に恵利先生に送ってあげてね」  そのとき、無情な予鈴が鳴った。  チャラーンポラーン チャランポラーン……と、マユには聞こえてしまう。 ――あの写メ、一回見れば、一日寿命が延びる。そういう魔法がかけられている。  マユは、頭のカチューシャがギュっと締まるのを感じた。 「イテ……!」  マユは、上靴に履きかえながら顔をしかめた。  このカチューシャ、悪魔としてやってはいけないことをすると頭を締め付ける仕組みになっている。  しかし、その痛みは一瞬だった。 ――フフ、魔界としても、今のは判断に苦しんだんだな。しっかりしてよデーモン先生、わたしは魔界の補習のためにこの世界にきてるんだから。  靴を履きかえるとき、マユが一瞬頭が痛いように顔をしかめたことに知井子は気づいた。  里依紗は、その一瞬、朝日に照らされてできたマユの影が無くなったような気がした。  そして、何事もない東城学院の一日が始まった……。
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