向こう側の真実――2019年、夏 (3)

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「好奇心なら、ここまでにしよう。俺は聖人じゃない」  唇を離した彼は、真顔でブレーキをかけた。 「好奇心じゃありません」  少し前の僕なら、男とのキスなんて、考えられなかった。けれど。自ら破った封印の奥に、ヒリヒリ焼け付くような願望があることに、気付いてしまった――兄が愛した彼の愛情を感じたい、と。 「僕の中にも兄が居ます。僕じゃ――ダメですか」 「そんなこと、平然と言うなよ……」  愛おしげに抱き締められて、草原の香りに包まれる。伝わる鼓動が、どちらのものとなく早い。 「墓前で会った瞬間――君の眼差しに射貫かれてたんだ。この目だよ。航の気持ちが、痛いほど分かる」  クシャリと髪を撫でる指先が、頬を滑って顎を取る。2度目のキスは、すがりついても止まらなかった。割り入る熱い舌に怯えたのも束の間、ズクズクと身を溶かす甘い痺れが全身に広がり――真っ白になった。 -*-*-*-  ――ピーヒャラ、ピー……ポン、ポポン 『樹ー』  振り返ると、レンズが僕を捕らえている。ファインダーの向こう側に微笑めば、長身の青年がカメラを下ろした。航は、満面の笑顔で大きく手を振り――そのまま薄れていった。 「樹……」  低い声に耳をくすぐられて、目を覚ます。辺りはまだ仄暗い。隣に颯介さんの寝顔がある。僕を腕の中に抱いて、満ち足りた微笑みを浮かべている。  僕は唇を寄せ、再び眠りに落ちた。 【了】
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