祖母の家――2019年、夏 (1)

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「いっちゃん。あんた、受験は」  スイカの皮をタライに入れて、流し台に片づけた後、ばあちゃんは麦茶のグラスを2つ持って来た。早くも外側に、水玉模様が出現している。 「まだ決めてない。こっちもいいよね。涼しいし、兄ちゃんもいるし」  居間から、襖を開け放ったままの仏間を覗く。じいちゃんの古い位牌に並んで、まだ新しい位牌が、菊花と上げ物のスイカの奥に見える。  ズズッ、とばあちゃんはシワの寄った口元で麦茶を啜り、仏間の壁に掛かった遺影を見上げた。 「こうちゃんに会いに来るのは構わんさね。なんぼでも来たらええ」  トン。滴を一筋流したグラスを置いたばあちゃんは、僕をジイッと伺った。 「あんたは、自分の道を歩かんといけんよ」 「――うん」  兄――樋口(わたる)が、バイク事故で死んだのは、昨年の初夏だった。実家から遠く離れた北海道の大学に進学した後、そのまま就職した。休日には、趣味のカメラを持って、バイクで海や山に出掛けていたらしい。通り雨で濡れた路面、峠のカーブでスリップして、ガードレールを越えて、そのまま――。  ジィィィィ……と、独特の鳴き声を響かせる、エゾハルゼミのレクイエムに送られて、兄は独りで旅立ってしまった。 『今年の夏休みに、遊びに行っていい?』  志望高校の入学祝いと称して、独り暮らしする兄の(マンション)に泊まりに行く予定だった。僕の送ったポストカードを挟んだ手帳が、カメラを収めたハードケースの中に入っていた。手帳には、空港まで出迎えに来る日にちに、赤い丸印が付いていた。命日は、ちょうど1ヶ月前だった。
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