開かれる扉――2019年、夏 (2)

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 航は、元のベッドの縁に座って、俯いていた。  細く開いたカーテンの隙間から、朝日が薄く差して、アイツの柔らかい髪と……意外と長い睫毛が淡く光っていた。  ――綺麗だな。  自然とそんなことを思って、そんな自分にも戸惑いを覚えた。  俺は、テーブルの上に残っていた手付かずの缶チューハイを開け、落ち着こうとグビグビ飲んだ。 『ごめん。俺、樹のことになると――コントロール出来ないんだ……』  こっちを見ないまま、アイツはポツリと口を開いた。 『どうして』 『変なんだよ。おかしいんだ、俺』  自嘲の言葉が続く。震えを抑えるような、弱々しい声。 『好き、なんだな』  何故、その言葉が出たのか、分からない。頭ではないどこかで、どうしてか、確信していた。 『惚れてるんだろう?』  ビクリ。肩が大きく跳ねた。それが答えだった。 『弟なのに……樹を俺のものにしたくて堪らないんだ』  ――ゴクリ  缶を傾け、水みたいに飲み干した。こんな時に、まるで酔わない。 『近くにいたら、俺は、見境なく襲ってしまう。そうしたら――もう兄弟ではいられない』  だから、大学進学を理由に、わざわざ遠い北海道まで逃げて来たのだ、と静かに涙を落とした。俺の前で、アイツ……航は泣いたんだ。 -*-*-*- 「そんな――まさか」  僕の声も震えた。いつしか手塚さんは、僕を真っ直ぐに見詰めていた。酷く切ない眼差しで。 「君達は、半分(・・)兄弟なんだろ」  首の動かし方を忘れたように、ぎこちなく。やっとのことで、小さく頷く。  僕達の父親は、兄が6つの時に離婚して、2年後、僕の母親と再婚した。それから僕が生まれ――物心ついた頃から、ずっと兄に溺愛されてきた。彼が実家にいた間は、どこに行くにも後を付いて回った。年の離れた彼は、兄弟喧嘩をするようなライバルではなく、立派な大人の見本であり、憧れだった。  その彼が――僕を性的な対象として見ていた、って? 「そんな、あり得ない……」 「その言葉を、アイツは恐れていたんだよ」  手塚さんは、空のマグをテーブルに残したまま、ソファを立った。  知りたがったのは僕だけど――そんな、そんな話、信じろというのが無理だ……。
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