向こう側の真実――2019年、夏 (3)

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向こう側の真実――2019年、夏 (3)

 両手で包んだ黄色いマグの中、湯気の消えた黒い液体に僕の目が映る。困惑――混乱。  人混みの中、母親だと認識して掴んだ手が、見ず知らずの他人だった時に似た――突き放されたような不安。  僕の知っている兄、航は、いつも優しくて大きくて暖かくて、両親とは違う愛情を与えてくれていると感じていた。そこには、決して欲望のようなドロドロした澱は混じっていなかった筈だ。だって――。  兄が実家にいた頃、僕は小学生だった。一緒に風呂に入ったし、熱い夏場は裸同然で過ごしてきた。男兄弟なんだから、そんなの当たり前じゃないか。ゲームをしたり、じゃれ合ったり、笑っていたその影で、密かに欲情していたというのか? 「あり得ない……」  泣きそうな気持ちで首を振る。 「樹くん」  いつの間にか戻っていた手塚さんの手には、昔ながらの厚みのある写真アルバムがあった。 「これを、見てくれるかい」  彼は、僕の掌からマグを抜き取り、半ば強引に若草色のアルバムを押しつけた。僕には、見なければならない義務がある――そう言わんばかりの態度だ。  彼がソファの端に座るのを待ってから、アルバムの表紙を開いた。  それは、薄い透明のフィルムを剥がして、台紙との間に写真を挟むタイプのアルバムで、台紙は淡いクリーム色に変色している。  指先が、緊張で震えた。  1ページ目を捲る。 「――あ」  あの「キセキの1枚」のオリジナルが、真ん中にあった。少し黄ばみが出ているが、大判サイズに引き伸ばされた「あの瞬間」の僕は――誌面の印刷で見たよりも、中性的な儚さが感じられた。  ひとつ息を吐いて、次のページに進む。  スナップショットの僕がいた。春夏秋冬――色んな季節、家の中、近所の公園、家族で訪れた旅行先――あらゆる場所、様々な表情の僕が切り取られている。  最後の写真は、僕がこたつでうたた寝している姿だ。天板に伏せた寝顔のアップで――両腕の上に横向きに頭を乗せて、無防備にふやけた微笑みなんか浮かべている。よく見ると、口元に溜まったヨダレの滴まで写っていて、恥ずかしいことこの上ない。これは多分――去年の正月に、兄が帰省していた時じゃないだろうか。  空白のページが3枚続いて、アルバムは終わりを告げた。
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