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「キセキの1枚」――2012年、夏
天空から滲み出た藍が、ゆっくりと地上に降りてくる。カラマツの梢の辺りで、普段は見られない地上からの灯りが、宵闇とせめぎ合っている。地上では、木々を結ぶ提灯や、参道を縁取る石燈籠、橙色の照明が賑やかに揺れ、境内に蛾虫も村人をも呼び寄せている。
――ポンポン……ポン、ピーヒャラ、ピー……
時折、さざめきを縫って、鼓や笙の雅な音色が耳に届く。
『――樹!』
金魚の出店の前で、紅色の戦利品を手にした僕は、少しハスキーな兄の声に振り返り――。
カシャッ……カシャシャッ
乾いたシャッターの音が連写する。
――ピーヒャラ、ピー……ポポポン、ポン
『樹ぃー』
ファインダーを覗いたまま、口元を綻ばせて、こちらに手を振る。仄かな光に照らされた、柔らかな髪。細く長いシルエット。
8歳違いの兄と僕の、唯一の共通点は、少し色素の薄い猫っ毛の髪だけだった。
――ポポン……ポン、ピーヒャラ、ピー……
あれは、僕が10歳。家族4人で父方の祖母の田舎を訪れた、最後の夏のこと――。
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