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写真を見つけてから、何故か手帳に挟んで持ち歩いていた。
多分、後ろ姿の女性は……若い日の母かも知れない。
母を写した人が、私の父かも知れない。
『お父さんは?』
幼い頃、訊ねる私に、少し寂しさを滲ませた瞳で『翠……寂しい?』と言っていた母。
いつからか、母に父のことを訊ねることはしなくなっていた。
息を引き取る直前、母が、「ごめん。翠」「お父さん。いなくて」と、小さな小さな声で言っていた。
母に、「お母さんがいるから、寂しくない」と涙ながらに言うと、母は微笑み眠ってしまった。そして、そのまま……。
手帳に挟んだ写真を見ながら、母が亡くなる瞬間がよみがえる。
写真で、コマ送りしているように……。
腕時計に目をやる。
午後の仕事の時間まで10分。休憩スペースで使っていたテーブルの上を片づけ、席を立つ。
ハラッ……。
「伊田くん、コレ」
「?!」
ドア近くで声を掛けてきた男性。写真を持っていた。
会社の先輩、沢野雅春。長身で、少し長めの前髪。切れ長で鋭い目つきで、初対面の人……で、なくとも「睨まれた?」と思うほど。
「あっ……ありがとうございます。」
「……いや……」
彼は写真を渡すと、少し訝し気な表情をして去って行った。
拾って貰ったセピア色の写真を、手帳に挟むみ休憩スペースを離れた。
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