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午後の仕事が一段落し、休憩スペースで一息ついていた。
「あの構図とセピア……」
雅春は、昔の記憶を想い出した。
自分が写真家を目指して師事していた、あの写真家。個展では出展しないが、撮り続けていたセピア色の写真。
1度は賞をとったが、伸び悩みやめた写真。
考え込むうちに、休憩時間は終わった。
入れ替わりに来たのは、写真の持ち主。
伊田翠。
自分の印象は、仕事は淡々とこなし、わからない点は確認してくる。
物静かで、長めの黒髪を邪魔にならないようまとめている。
少し寂しげな瞳が、雅春には印象的だった。
課の新入社員歓迎会には参加していたが、特別に社員と親しくしている様子はない。
沢野自身も会社で、親しい人間関係は築いていない。
「これから休憩か?」
「はい」
珍しく沢野から声をかけられ、翠は目を瞬いた。
「……あの写真……」
「?……昼間の、ですか?」
「あぁ」
「母の……遺品整理で、出てきたんです」
「そうか……大事なものだったんだな」
互いに、それ以上、言葉がうまく見つからず見つめ合うようになっていた。
先に視線を外したのは、沢野だった。
横顔の耳たぶが、ほんのり紅い。
「……好きな写真家……のと、似ていたから」
「えっ?」
「写真の撮り方が……」
「写真、好きなんですか?」
「……まぁ……じゃあ、失礼するよ」
沢野は、言うだけ言うと逃げざるように後にした。
翠は、沢野が写真を好きな事も初めて知った。これだけ長く話したのも、初めてだった。
席に戻る廊下で、雅春は、写真の話しを彼女に何故したのか? 考えていた。
「……あの人の写真……が、懐かしいのか? 俺は……」
小さく息を吐き、席に着いた。
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